神曲奏界ポリフォニカ 黒12

神曲奏界ポリフォニカ プロミスト・ブラック (GA文庫)

神曲奏界ポリフォニカ プロミスト・ブラック (GA文庫)

神曲奏界ポリフォニカ プロミスト・ブラック

著者・大迫純一先生。挿絵・BUNBUN先生。シェアード・ワールド神曲奏界ポリフォニカ』の『ブラック』と呼ばれるシリーズ作品です。大迫先生は他著作に同レーベルから『ゾアハンター』シリーズ、HJ文庫から『鉄人サザン』シリーズなど出されていますね。
・登場人物
精霊警官で警部補の巨漢の大男、マティアの契約精霊である通称マナガことマナガリアスティノークル・ラグ・エデュライケリアス。マナガと契約している楽士警官である、マナガよりも階級は上の警部の少女マチヤ・マティア。しかし今巻は過去の話で、彼らはまだ警部補や警部にはなっていません。一介の自由精霊、マナガリアスティノークル・ラグ・エデュライケリアスとまだ11歳でしかない少女、マチヤ・マティアです。
今巻は過去語りの巻であるので、これまでのシリーズで出てきていたキャラクターは古株しか出てきません。つまりマティアとマナガが出会った頃からの知人である存在、サダメキ・ティグレア医師とアパート管理人のカリナ・ウィン・チトクティルサの2人だけとなります。それ以外はだいたいがチョイ役や今回限りかな?と思えるような面々ばかりで。
・シナリオ
「あの子…死にたがってるのよ」視線を逸らすティグレアの呟きに、マナガは言葉を失った。最愛の父、そして母の死…。マティアに…まだ11歳の少女にとって、それはあまりにも苛烈で重すぎる試練だった。そう、自身の死にしか、希望を見出せなくなるほどに…。少女は笑わない。すべての感情は硬い殻の中に閉じ込められたまま…。まだ死んでいないから生きている、ただそれだけ…。そんな凍りついた少女の心を、マナガリアスティノークルは…旧き精霊は救い出すことができるのだろうか。マティアとマナガの出逢いが紐解かれるブラックシリーズ第12弾。(7&YHPより抜粋。)
・感想
この巻はマナガの巻となっていた第11巻から引き続きマナガの事が語られる巻なのですが、内容的にはかなりキネティックノベル版である『神曲奏界ポリフォニカ THE BLACK ?EPISODE 1&2 BOX EDITION?』と重複する話です。というのもあとがきで大迫先生も書かれていますが、この巻は紅シリーズでも同じようにされていた、キネティックノベル版の『エピソード01』を原型とした小説―――そういう位置づけの作品です。ただマナガの過去を語るに当たってどうしてもマナガとマティアの出会いを描いておく必要があり、それがマナガの過去に関する話と並行すると文庫2冊分量になる。だったらもう別々にしてしまおう、となって分割してまずはマナガとマティアの出会いの巻、という位置づけで出すことになった作品がこの巻だ、とのことです。
内容はキネティックノベル版の『エピソード01』を原型に各人それぞれの内面の描写などが増やされたりしています。マティアが母親を交通事故で失い、その後に飛行機事故に見舞われ大怪我を負ったところをマナガが助け、その縁でサダメキたちと知り合うところからが始まり。その後、マティアはマナガと話をして深い悲しみに沈んでいた心を癒したりしながら、サダメキには下半身不随となっている身体の治療を受け、病床から回復しようと足掻きます。そんな、ソルテム山飛行機事故で出会ったマナガとマティアがお互いを知り合い、やがて精霊契約を交わすまで―――それまでの様子が見られます。
当初は母親との悲しい別れを経験していて、言葉にこそ出しませんが「助かるよりむしろ死にたかった」という思いだったマティア。彼女がマナガの不器用ながら誠心誠意の見舞いなどを受けたりサダメキと話をしているうちに少しづつ打ち解け、やがて身体の回復を目指してリハビリを初めていくところは丁寧な展開でした。キネティック版とは違い絵による表現が無いだけに、内心の描写がダイレクトに文章として書かれていて、キネティックノベル版をプレイした私ですが小説版は小説版でまた新しい発見がありましたね。マナガとマティアが初めて出会った時のマティアの驚きには、そうかそんな意味もあったのか…みたいなところとか。キネティックノベル版では私の読解力不足で読み切れ無かったマティアの心情が、よりわかり易くなっていて深く掘り下げてこの話を見られました。キネティックノベル版をやっていても、これだけでこの巻を買った甲斐があります。
また、マナガに関しても彼がマティアのために色々と奔走したり人との関わり方を知らないながらも懸命にマティアのために「自分の立ち位置」を定めようと努力している様子は、マナガがこの時点でどれだけマティアの事を想って行動していたかが見られます。一介の自由精霊が市民権を取得するまでの彼の奔走は、まるで裸一貫で上京してきた若い男がその体だけを頼りに生活基盤を固めていくようで、苦労が忍ばれます。なのにその苦労の部分はマナガのちょっとした苦労話だけになっていて、過剰な悲壮感などはありません。その辺りのバランスも良いですね。マティアが苦労している上にマナガの苦労も被ると、話そのものが暗いばかりになりそうですが、そこはマティアの苦労は書いてもマナガの苦労は他所で起きているような少し離れた感じで演出していて、キチンと調節している。見事です。ただ彼が犯したという『過去の罪』。それが何なのか、何故マナガは精霊としての姿を示すとき、片目が黒くなり闇の涙を流し、羽根も千切れた三枚しかないのか。そういったことはまだこの巻では語られません。引っ張って引っ張っていて、やたらと煽られていて、次巻以降で語られるであろう彼の過去というものにますます興味が惹かれます。
そんな感じで今巻はマナガとマティアの出会いの話が語られる巻。どうやって彼らが出会い、そして精霊契約を交わすことになったのか、それまでにどんな交感や苦労が2人の間にあったのか。また、マティアが扱うブルース・ハープがどういう経緯で彼女の手元に渡ることになったのかとか、二人が住むアパートにマナガが住むことになった経緯とか、マティアが母と住んでいた昔の家はどうなったのかとか、色々なことがわかる巻でもありますね。総じるとマナガとマティアの2人の過去に関してという『語り』が中心で、今までの作品にあるような事件がおきてそれをマナガとマティアが解決していく、というサスペンス仕立ての作品とは毛色が違う、キャラクター掘り下げの巻だった、という印象でした。