ミスティック・ミュージアム

ミスティック・ミュージアム (HJ文庫)

ミスティック・ミュージアム (HJ文庫)

ミスティック・ミュージアム

著者・藤春都先生。挿絵・森井しづき先生。第2回ノベルジャパン大賞”佳作”受賞作品です。著者はデビュー作のようですが、挿絵の森井しづき先生は他に電撃文庫葉桜が来た夏」の挿絵などを描かれていますね。
・登場人物
メインキャストは、主人公で法廷弁護士を目指してロンドン大学のキングス・カレッジに通う、ちょっと朴訥な感じでイギリス紳士ながら女性に対してうまく立ち回れない大学生であるダドリー・ライナス。かつてはとある地方で崇められていたが年月の流れにより土地の民たちに忘れられ、今は当時作られた女神像の中にのみ存在して大英博物館で陳列される出土品となっていたが、ダドリーと出会いダドリーの周囲に限定されるが自由に動き回れるようになった、少女の姿をした女神のアルダ。
サブキャストとしては、ダドリーの親友であり、寮住まいである男爵家の次男、ラルフ・バーナード。ラルフの妹でもうすぐ社交界デビューを待つシンシア・バーナード。アルダの本体である女神像が陳列されている大英博物館の館長で実在した人物をモチーフにしている、老齢ながらまだまだ若々しい性格をしているアントニオ・パニッツィ。ダドリー、ラルフの所属するカレッジの助手を務めるイアン・ブラウン大英博物館の館員でアルダが宿る女神像の発掘者であるアシュレイ・ハーディ。
・シナリオ
大英博物館に通い、課題に奔走するダドリーは夜の博物館で、神を名乗る少女アルダに出会う。博物館館長の勧めもあって、実体のない女神との、奇妙な生活が始まった。そんなある日、街に繰り出したダドリーに白刃が! 19世紀のロンドンを舞台に展開するミステリアスストーリー!(HJ文庫OHP紹介ページより抜粋。)
・感想
この作品はシナリオでも書いてある通り、19世紀のロンドンを舞台にした作品でその当時を思わせる描写が多く見られます。大英博物館から出られなかったアルダの要望で、ダドリーが街を案内するという手法でロンドンの町並みを描写し、作品の世界観―――19世紀のロンドンが舞台である―――ということを、無理無く読者に刷り込んでいました。一昔前のヨーロッパなどを描写する定番の食物『フィッシュ&チップス』が出てきたり、走り始めていた蒸気鉄道を書いたりと、所謂『古き良き時代』、日本でいう所の明治初期などにイメージとしては近い、雑多としながらもどこか温かみのある社会―――そういうものが、作品全体から感じられましたね。
物語の展開に関しては、この作品は超常の存在と出会ったことで普通なら関わる事の無かった事件に主人公が関わっていく、というものの亜種でしょうか。超常の存在―――アルダとダドリーが出会い関わった事で、ダドリーが訳もわからず命を狙われる状況から救われ、事件の真相にも近づける―――というのが正しいかもしれません。何とも、この話の展開の説明はし辛いものがありますね。
不思議な少女―――女神アルダと出会ったダドリーが、彼女に付きまとわれながらロンドンの町を案内するという、「ちょっと不思議な彼女に付きまとわれる主人公」がメインストーリーである作品ですが、そこに「謎の男に命を狙われる」という現象が関わってきた所から、不思議な女神少女と朴訥な大学生の青年の心温まるハートフル・コミュニケーション・ストーリーは一転して疑心暗鬼が心を支配するミステリーな物語となります。そう長く続きはしませんが、その辺りのアルダも信じられず、ダドリーの緊張している様子、怯えている姿などは自分が狙われる理由がわからない人物としては、至極当然の対応で納得できる姿でしたね。そしてその後のアルダと和解し、事件の真相に近づいていくダドリーの行動は推理小説の探偵の様な行動力あるものでした。それまでのダドリーの姿からすれば一瞬突飛にも見えましたが、アルダとの和解からくる過去のトラウマ体験の克服とそこからくるハイテンションなのだと思えば納得、ですかね。このダドリーの過去のトラウマも、当時の19世紀の社交界の世界という背景を、実際にありそうな話―――というのを、うまく使っていましたね。
総じてこの作品は、アルダという存在が無ければ、ダドリーは何故か町中で突然命を狙われ、その背景や何故狙われたのかもわからないまま、精神を病むような状況に陥りかねないまま、生活を続けていくしかなかったでしょう。或いは町中で狙われた時に既に命を落としていたかも。そうならなかったのはアルダが関わり犯人の目星などがついたからで、アルダが関わっていたから大英博物館の館長とも知り合いになれていて、自分が狙われた理由や犯行の原因が特定できます。そうして考えると、この作品はひとつの事件に巻き込まれて訳もわからないまま、或いは命さえ落としていたかもしれない青年が、女神と出会ったことで救われる作品、ともいえるのかもしれませんね。