Kaguya

Kaguya〜月のウサギの銀の箱舟〜

著者・鴨志田一先生。挿絵・葵久美子先生による新作ですね。鴨志田先生は他著作として、同レーベルからの作品『神無き世界の英雄伝』シリーズがあります。
・登場人物
主人公で“自分の視覚を他人と共有できる”という能力を持つ事勿れ主義的だがいざという時にはやれる少年、真田宗太。ヒロインで後天的に目が見えなくなった“重力支配”の能力を持つ天真爛漫な不思議系少女、立花ひなた。“瞬間移動”の能力を持つ明るく頼れる生徒会長、片桐京。宗太が内心で惚れているが色々と複雑な紆余曲折があって知り合い以上友達未満な関係になっている里見千歳。生徒会長の京の姉で教師、片桐巴。宗太が進級したクラスで友人となった柿崎瑞希、浅井の2人。“速度制御”の能力を持つが秘密にしていたそれが周囲にバレ、不登校となった宗太の同級生の中条明人。宗太とひなたの後見人で保護者、そして宗太の“仕事”の上司、黒田源五郎。新クラスで宗太と同級生となった千歳の友人でもある高坂由佳里。
そして謎の殺人者、この話のキー・キャラクターで何らかの能力で次々と犯罪者を裁いていく『執行人』。
・シナリオ
“自分の見ているものを他人に見せることができる”という使い道のない超能力を持つ真田宗太。そんな超能力を隠して普通に生活していた宗太は、ある日、自分の住んでいるマンションの前で不思議な少女と出会う。少女は素肌にシーツを巻きつけただけの姿で、頼りなげにしゃがみこんでいて、しかも目が見えない様子で…。ひょんなことからその少女、立花ひなたと一緒に暮らしはじめた宗太は、彼女が特別な力を持っていることを知り…。不思議系ヒロインとのラブストーリー、誕生。(7&YHPより抜粋。)
・感想
この作品は著者先生の他作品である『神無き世界の英雄伝』シリーズに比べると、今風というか、萌えとか恋とかそういったものを中心にして進む異能力バトルもので、『神無き世界の英雄伝』シリーズの様な壮大なSFオペラ的作品とはかなり毛色の違う作品ですね。この話はひなたというヒロインキャラクターが特徴的で味があり、それがかなり作品全体のイメージを柔らかくとっつきやすいものにしていますね。『神無き世界の英雄伝』シリーズの戦略と政治的駆け引きと艦隊戦というような硬質で理性的な作風とはまったく違う毛色が、この天然少女一人の存在で生み出されているようにも見えます。
話としては、この世界には『アルテミスコード』という異能があり、それを扱える者を『ムーンチャイルド』と呼ぶ。その能力が得意且つ強力だった為に数多の研究機関をたらい回しにされてきた『ムーンチャイルド』の立花ひなたを引き取って、その面倒を同じ『ムーンチャイルド』の宗太に任せた黒田により2人は同居することになる。さらに紆余曲折ありながらひなたが宗太と同じ学校に通うことになるが、その矢先に『執行人』という殺人者により事件が起きその容疑者として里見千歳が拘留されてしまう。宗太は千歳を助けたいが為、ひなたは宗太を助け自分の居場所を守る為、2人は黒田や同じ『ムーンチャイルド』である京らと協力して執行人を追う―――と、まぁそんなところです。
また、登場する人物達それぞれに何かしら考えがあるのが目を引きましたね。主人公の宗太は事勿れ主義的ですが、それが主人公的な立場であり『ヒロインに振り回される役』でもある彼の立場を読者が理解するのに一役買っていたと思います。ヒロインであるひなたはたらい回しにされてきたこれまでの経験上、自分の居場所を守る事にとても敏感で臆病で、天真爛漫な姿と居場所を失うかもしれない時の臆病さのギャップが彼女への庇護欲を駆り立てる良いスパイスになっていました。他にも京や千歳、明人、瑞希、黒田などそれぞれに何かしら思うところ、譲れない所があるような描写があり、この作品が『キャラクター立てのしっかりしている作品』だと思いました。
物語の展開はやや安直気味で、日常シーン(ひなたのお色気シーン的なものなどあり)→事件が起きる→再び日常シーン(事件に関しての整理などもあり)→事件が起きる―――の繰り返しといった感じで、最後に執行人との対峙(クライマックスシーン)が入り物語は集束していく形になっていて、真新しい驚きや新鮮味の多いギミックなどはあまり感じません。アルテミスコードについても、要は『物理的或いはそれに近い現象を起こす特殊能力』であり、どこかで見たような既存の異能力の範囲からは出ていませんのでやはり新鮮味はありません。
しかし、それだけに一つ一つがやはり丁寧で綺麗な作りかと。執行人の正体の突き止め方に関する伏線や、執行人との対峙時に無力な宗太にも活躍の場があること、執行人の正体の意外さとその動機、そしてシリアスなシーンとコミカルなシーンが作中で明確に分けられていて緊迫して読むべきなのか楽に読んでいくべきなのかがハッキリしていて読み易いです。さらにひなたに関してもまだ伏線がありそうなどの後の作品への布石があるなど、綺麗に纏まりながらまだ楽しみを残しておく事で読了感と続きへの期待を残しておくなど、作品の手法が本当に綺麗ですね。
総じるとこの作品、挿絵がひなたのイラストが多く、ともすれば萌え絵中心のお色気作品的にも見えますがその実、中身は一般人と特異能力者との立場の差による事件を書いたものであり、内容はえらくヘビーでしたね。