旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。 (電撃文庫)

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。 (電撃文庫)

旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。

著者・萬屋直人先生。挿絵・方密先生。一組の少年少女が、原因不明の『喪失症』というあらゆる人がいた痕跡―――”存在”が無くなっていく世界で、北を目指して旅を続けている。そんな姿を書き出した作品ですね。
・登場人物
メインキャストは2人で旅をしている、天然ながら芯はしっかりしていて少女を大事にしている少年と、活発でやや暴力的な一面がありながらも少年を信頼している今時のツンデレっぽい少女。
他は、第1章「夢」では喪失症で自分が失われていく事から仕事を捨て、夢だった農作業をする為に移住してきた元会社の「取締役」と、そんな彼についてきた「秘書」の2人が登場。第2章「翼」ではチームで人力飛行機を飛ばそうとしていたが喪失症で仲間を失った男、ボスが。第3章「旅」では、養護教諭だった「先生」と、心臓が弱く加えて『喪失症』により自分で何かをしようとする熱意を失っていた「姫」が登場します。
・シナリオ
世界は穏やかに滅びつつあった。「喪失症」が蔓延し、次々と人間がいなくなっていったのだ。人々は名前を失い、色彩を失い、やがて存在自体を喪失していく…。そんな世界を一台のスーパーカブが走っていた。乗っているのは少年と少女。他の人たちと同様に「喪失症」に罹った彼らは、学校も家も捨てて旅に出た。目指すのは、世界の果て。辿り着くのかわからない。でも旅をやめようとは思わない。いつか互いが消えてしまう日が来たとしても、後悔したくないから。記録と記憶を失った世界で、一冊の日記帳とともに旅する少年と少女の物語。(7&YHPより抜粋。)
・感想
この作品は旅行記的なものです。時雨沢恵一先生の作品「キノの旅」に近いものがあるでしょうか。ただ、あちらが異世界のファンタジックな世界を、1台のモトラドと共に1人の主人公が旅している姿を書いているものとすれば、この作品は男と女の2人の主人公が、一緒に現実の世界を旅している、という形ですね。どちらも主人公が2人、というのは変わりませんが(エルメスを主人公とするかどうかはさて置き)人間と中性的なモトラドと、明らかに性別の違う人間2人とでは話の掛け合いなどで細部が違いますね。そういった性別の違う主人公2人の掛け合いなどは、「キノの旅」では見られないかと。
世界に名前が失われ存在が失われ、やがて消えてしまう『喪失症』が蔓延した世界。全てに平等に発症する可能性のある、ある意味喪失症という支配者がいるディストピア的な世界で、軽度の喪失症により名前を失った少年と少女が、1台のスーパーカブに乗って旅をしている。―――明日にも来るかもしれない喪失の日を、それでも恐れず”2人で”旅を続けていく。世界の果てまで…というその状況は、いつか来る別れの日までその歩みを止めない、という2人の主人公の決意と、終末的な印象を受ける喪失症への反逆…若さが感じられましたね。
また作品で語られた全3章でも、第1章では、喪失症により消えていく自分を自覚しながらも、逆に自分がしたいことができるようになった、と考え直して未来に収穫する野菜を作り丁寧に世話し、ずっと続いていく生活を取締役と秘書は過ごそうとしていましたし、第2章では一時は仲間を失い全てを投げ出したボスであっても、少年達とともにもう一度人力飛行機を飛ばすために最後まで夢に向かって走っていっていました。第3章では喪失症に加えて心臓の疾患により夢も情熱も無くなっていた姫が、少年と少女が歩んできた道を知り自分もそうありたい、歩き出したいと思い直すという形で、どれも喪失症に罹っていても、最終的には前に進んでいる、前向きに生きていく姿が描かれていました。自分達がこれまでしてきたこと全てが消えてしまい無意味になりかねない喪失症を前に挫折したとしても、また立ち上がって人間は明日に向かっていける強さがあるんだ、ということが書かれていましたね。そんな、『人の生命の強さ』を強く感じられる作品―――それがこの「旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。」だと思いました。
名を失った少年と少女。2人の終わりの無い旅行記はまだまだ続いていく―――そんな2人のこれからの旅、或いは旅の始まりをもっと読みたい。果てのない旅を続けていく彼らがどうなるのか、また、彼らの起源と終末を知りたい―――そう思える作品でしたね。