ツァラトゥストラへの階段

ツァラトゥストラへの階段

著者・土橋真二郎先生。挿絵・白身魚先生。ある特殊な能力を発現させる存在「パルス」に憑かれた人間たちが織り成す、パルスと人間の内面と利害、或いは情動などが錯綜しながら絡み合い紡がれていく物語ですね。著者先生は他著作に電撃文庫レーベルで「扉の外」シリーズがあります。挿絵の白身魚先生はその「扉の外」シリーズでも挿絵を描かれていたそうです。
・登場人物
学校で小さなギャンブルをして金を稼いだりしていたがある日、何者かに拉致され”組織”が用意したゲームに参加する事になってからその運命が一変した、姉が最近失踪した主人公の福原駿介。学校で孤立していて周囲から明確に悪意をむけられるが特にないも反応しようとしない、駿介のクラスメートで同時に駿介同様に”組織”が用意したゲームに駿介よりも以前から参加していて既に相応の実力者でもある立花飛鳥。中学生だが”組織”側の人間であり、目をつけた駿介や担当の飛鳥に”ゲーム”を紹介する役目を持つエージェントの深見舞。”組織”となんら関わりの無い、駿介にとっての日常の象徴的立場で物語に登場する青山由紀。”組織”が用意したゲームの中で駒として扱われる中で、駿介に出会い彼の手駒の1つとしてゲーム内で動くようになり駿介と交流を深めていくオリビア。そしてこの巻における駿介の最初の敵の如き存在として、何かしら駿介に仕掛けてきたりする来栖京一朗。
この巻でのメインは上記といった所で、他には駿介がすれ違うだけの様な関係で登場してくる人物が多く出てきますね。
・シナリオ
「大昔の神と崇められる存在や、歴史上の英雄などは、パルスをコントロールしていた存在なのよ」
得体の知れない“存在”―パルス。パルスは人の精神に寄生する。パルスに寄生されると宿主となった人間の知力・体力があがり、また特殊な力が生まれる場合もあるという。
そんなパルスに感染していることが発覚した高校生・福原駿介の運命は一気に動きはじめた。パルスを制御しようとする組織の存在。そして、同じくパルスに寄生されている少女との出会いが―。
緊迫のストーリー、開幕。
・感想
頭脳を使うマネー・ゲーム的な展開が主な作品でしたね。電撃文庫の『カイジ』とでも言えば良いでしょうか。
基本は巨大な”組織”が用意した巨額の金を動かしたりできる”ゲーム”で、主人公の福原駿介が参加者である”プレイヤー”として知恵を絞り、機を見て動き、手元の資本を増やす事を目的に立ち回る、といった所ですかね。その目的が失踪した姉を救う事。駿介の姉はこの”ゲーム”で駿介を養う金を稼いでいたが、敗者となって囚人落ち―――ゲームで使われるチェスの駒の替わりなどをさせられるようになる。これを囚人落ちという―――させられていたのである。駿介は姉を助ける為にゲームに参加している、と。
この巻では2種類のゲームが繰り広げられます。まずは駿介が組織に認められる要素となる最初のゲーム『Split Game』。
複数の人間が閉じ込められた部屋からどうすれば脱出できるか、という脱出ゲームです。一見すると一握りの人間しか逃げられないそのゲーム。そこには脱出に失敗すると命が無いというような描写や、上手く脱出すれば報奨金が入るなどの甘い罠があったりして、そこにいる人間たちに疑心暗鬼を呼び起こす仕掛けが多々あり、そんな中から駿介がどうやって脱出するか、というのが見ものでしたね。言葉の裏に隠されていた意味、脱出に必要な道具にも隠されていた意図。それらを全て読み取らなければ完全に正解と言える脱出はできない、頭脳を使うゲームでした。
そしてもうひとつは『Interest Game』。株式売買のようなゲームです。場の情報を読み取ったり操作したり、情報から未来的に変動するものを読み取ったりして予測して動く必要があったりする、マネー・ゲームですね。
特殊な通貨『オーレ』を使いゲームの場として用意された『バベル』の中の人物たち、バトルガール―――ゲームで敗北した元プレイヤーたち―――の、『株』を買ったりしながらその資金の流動を楽しむという建前のゲームです。本音は、落伍してプレイヤーからゲームの駒になった元・プレイヤーたちの姿を見て楽しむという、持てる物と持たざる者の立場を再確認して悦に入ると言う『嫌なイメージの金持ち』にありがちな愉悦感を再認識するだけのゲームです。しかし実際に金が動き、駿介はそこで最初の戦いを経験するだけに、その株式売買の様な場の操作や情報の予測、突然の大金の流入による場の混乱など、ゲームの目まぐるしい変動が面白くもありましたね。
この作品、兎に角主人公の立場の浮き沈みが激しい作品でした。上手く立ち回りそのゲームを支配するような中心的存在であったりする一方で、次の瞬間には下落して最底辺を彷徨い、完全敗北の一歩手前にまでなっていたりして。そういった意味でも『カイジ』の主人公、伊藤カイジのような詰めの甘さと冷静な勝負強さを同時に持っているような感じでしたね。
全体的には、人の成功と失敗の縮図、といった印象です。大成功と大失敗は紙一重的な、一瞬前まで成功者は一瞬後には落伍者と言う姿がプレイヤー、バトルガールを問わず見られましたね。そんな世知辛い現実の縮図か、或いは非常な現在をゲームという舞台で書いている―――そんな印象でした。『SplitGame』『InterestGame』共に、人の暗部を浮き彫りにしようとするような悪意あるゲームで、しかしそれだけにその中で動く人たちに、引き寄せられる魅力を読者は感じるんじゃないでしょうかね。