アストロノト!

アストロノト! (MF文庫J)

アストロノト! (MF文庫J)

アストロノト

著者・赤松中学先生。挿絵・bomi先生による第3回ライトノベル新人賞『優秀賞』受賞作品の、文庫化本ですね。
・登場人物
自分が恋している相手の感情が少しだけわかったり居場所が感じ取れたりする魔法『恋する共感<ラピン・シンパシア>』が使えるガルナの港町に住む少年ノトを主人公に、宙士になることを目標に部族の村を出てきた獣人/亜人―――獣耳と尻尾を持つラタラ族の少女ナキアミ、ノトの幼馴染でノトの『恋する共感』の相手でもある魔法陣師レンビア、ガルニア軍宙将軍であり月面踏破計画の先陣を切る誰よりも『未開地開拓』に燃える宙士でもあるサベラ、サベラ同様月面踏破計画の中心人物であり宙軍参謀で宮廷魔道師の筆頭魔道師でもあるルージーン、ガルニア王国とは別の大陸の国―――ハヤン帝国の女帝王で超お祭り好きの子供皇帝ユァン。この辺りがメインキャストで、他にやられ役の名も無い荒くれ者とか、嫌味役の坊ちゃん貴族とかが出てきますかね。
・シナリオ
魔法と科学が調和した不思議な世界――。働き者で運動神経の良さだけが取り柄の少年ノトは、幼なじみにして魔法陣師の肩書きを持つ女の子、レンビアに好きという気持ちをずっと言い出せない日々を送っていた。そんなある日、ノトはなぜか突然「月に行く」ことを決意する。困惑するレンビアをよそに、同じく月を目指す女の子・ナキアミと共にガルニア王国が立てた『月面踏破計画』の宙士選抜試験に挑むノト。はたしてノトは月にたどり着くことができるのか!? 第3回MF文庫Jライトノベル新人賞〈優秀賞〉受賞。冒険がいっぱい詰まった宝石箱ファンタジー!!(公式HPより抜粋。)
・感想
今は昔の近未来―――化学文明が一度崩壊して『旧文明』と呼ばれるようになり、そこから新しく派生した魔法と科学が融合したSF<すこしふしぎ>な世界で、色々な人達がその胸に様々な思いを秘め、もういちど人が月に至ろうとする話。そんな感じでしょうか。
その胸に秘める思いは例えば恋心だったり、例えば亡き人への弔いの心だったり、例えば故郷の為だったりと様々でしたが、一貫していたのはそれが「ひたむき」だったこと。折れず、曲がらず、挫け…かけても建て直し、その目標を達成しようとする姿。達成した時の姿は、確かにその場に自分のいるような「共感」を覚えられるものだったと思います。それくらい、その「ひたむき」さは真摯に描かれていました。
また魔法と世界が融合している―――そんな世界観の描写が、とても自然でした。科学の一部を魔法に挿げ替えただけ―――乱暴に言えばそれだけで、魔法使いが杖に跨って空を飛んだり杖の先から光を打ち出したり―――なんてのは一切ありません。月ロケット計器の表示が数字と針ではなく魔法が発する光―――LED程度のものと置き換えられたりとか、そんなくらいです。明確に魔法と言えるノトが使える『恋する共感』も、相手の居場所と感情、感覚などが何となくわかる、という程度で魔法と言うよりちょっとした直感、位にしか書かれていません。ですので魔法と科学の世界、といっても、ファンタジー世界でロケットが登場する意味付けくらいのものでしたね。ですがそれが、この作品が持つ味―――「ファンタジー世界でロケットを打ち上げる」という異色性と面白みに繋がっています。そのバランスは凄いと思いました。もちろんそれだけではなく、魔法を使った陰謀と暴力なども書かれていて魔法という特異な存在を忘れない演出もあり、キッチリと詰められていましたね。
またストーリーも二転三転。月ロケット打ち上げ―――月面踏破計画も、一筋縄では行かずにノトは挫折を味わいながらも、それでもたった一つの目的の為に月を目指す―――それは少年だけが持つ情熱を原動力とした行為。『恋する共感』だけでは目的を果たせない。『月面踏破計画』進行は苦難の連続。だけど『恋する共感』で得た情熱を科学に注ぎ月を目指し、魔法の力を借りてロケットを動かし月を目指す―――。魔法で何でも終わらせてしまうのではなく、科学で全て解決するのではない―――魔法と科学の融合。少々陳腐な表現ですが、正にそんな感じです。
そんなわけで恋あり、冒険あり、哀愁あり、達成あり、陰謀ありと、この作品は色々なものが入っていました。まさに『宝石箱ファンタジー』でしたね。