とある飛空士への追憶

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

とある飛空士への追憶 (ガガガ文庫)

とある飛空士への追憶

著者・犬村小六先生。挿絵・森沢晴行先生。犬村小六先生はファミ通文庫レーベルで「ナイトウィザード・ノベル 蒼き門の継承者」などを書かれています。
・登場人物
主人公でベスタド(所謂ハーフ)の腕の立つ傭兵飛空士、狩野シャルル。
ヒロインは皇子の婚約者にして次期皇子妃、ファナ・デル・モラル。
基本、名前のあるメインキャラクターはこの2人で、サブキャラクターはシャルルの上司であったりファナの家庭教師だったりが出ますが、物語の大半が飛行機上でのシャルルとファナの様子になりますので他のキャラクターが出られる場所そのものがあまりありません。
・シナリオ
美姫を守って単機敵中翔波、一万二千キロ!
大空に命を散らす覚悟の若き「飛空士」。ある日彼に与えられた使命は「姫を敵機から守り、無事祖国にお連れすること」。襲いかかる敵機の群れ!複座式の小さな偵察機に乗ったふたりは、逃げ延びることができるのか?(7&YHPより抜粋。)
・感想
孤立無援の状態で敵陣の中に点在してしまっている都市サン・マルティリアから飛び立ち、プロペラ機で12000キロを翔破して本国へ次期皇子妃を送り届けた飛空士の逃亡劇、です。
冒頭の世界観の説明などで少々読みづらい一面もあったかと思いますが、飛行機同士の対決、シャルルとファナの交流の様子、広大な世界観の描写など読んでいて面白い所のほうが多いので、序盤で挫折することなく最後まで読めばかなり楽しめる作品だと思います。
また、これはせつない恋の物語でもあります。幼少時、ほんの少しだけ会ったことがあるシャルルとファナ。シャルルはその時のファナの言葉を心の支えにし、また人生における訓示として心に刻んでおり彼女の存在はとても大きなものでした。ファナはシャルルの母親に幼少時に両親の愛を得られなかった寂しさを紛らわせてもらっており、この飛行で自分を連れて行くのがその息子であるシャルルだということに奇妙な縁を感じます。そして2人だけの飛行。初めは余所余所しかった2人が旅の間に少しづつ打ち解けていき、やがてお互いに幼少時の縁があることから惹かれていくようになるのは丁寧な描写でした。が、ファナは次期皇子妃。シャルルは一介の傭兵飛空士にしてベスタト。その互いの立場が2人の行動を阻害し、想いを告げあうことさえ躊躇わせていて、そのすれ違い、時勢が許さない恋心は激しいせつなさを感じさせられました。
そんな甘く切ない話のある一方で、飛行機同士の空中戦―――ドッグ・ファイトも手に汗を握る展開で飽きさせません。飛行機操縦技術においては神聖レヴァーム皇国で自他共に認める実力者であるシャルル。空を飛んでいる間にファナに話した言葉の端々から人を嫌な気持ちにさせない程度の自信と愛機への信頼を感じられ、シャルルの実力が屈指のものであるということを読み手に感じさせられます。が、そうしつつもドッグ・ファイトではそんなシャルルを上回る敵の飛空士の技量がまざまざと描写され、戦いの結末は一定の落し所に持っていくことがわかっていながらも緊張に手に汗を握ります。
総じてこの作品は、6時間尺のOVAを一息に見る、くらいの勢いのつもりで一気に読み尽くすのが一番面白く楽しめるかと思います。無論それは個人的な感想ですが、この作品を「架空戦記の中の、さらに過去の物語のひとつ」としてノスタルジックさを感じながら、それぞれの情景を時間をたっぷりとって想像しながら読むのが一番面白いんじゃないかな、と私は思いました。