神曲奏界ポリフォニカ 黒11

神曲奏界ポリフォニカ アドレイション・ブラック

著者・大迫純一先生。挿絵・BUNBUN先生。シェアード・ワールド神曲奏界ポリフォニカ』の『ブラック』と呼ばれるシリーズ作品です。大迫先生は他著作に同レーベルから『ゾアハンター』シリーズ、HJ文庫から『鉄人サザン』シリーズなど出されていますね。
・登場人物
精霊警官で警部補の巨漢の大男、マティアの契約精霊である通称マナガことマナガリアスティノークル・ラグ・エデュライケリアス。マナガと契約している楽士警官である、マナガよりも階級は上の警部の少女マチヤ・マティア。
今巻で登場のサブキャラクターは不思議な力があるとしてTV出演したり本を出したりして心に迷いのある人を救っているサクヤ・レプリシア。レプリシアのマネージャーだったが今回事件の被害者となるウノカワ・キャデリエヌ。キャデリエヌと一緒にレプリシアのマネージャーをしていたナツメ・ジェステル。『レプリシアの家』という施設の住人のトガシ・エリザベス。
事件とは関係の無いサブ・ストーリーのような形でサジ・シェリカも登場しています。そんなシェリカのストーリーには、ゲストとして赤シリーズからあの御二方も登場です。
・シナリオ
「あなたは心の中に深い喪失を抱えておられるのね」レプリシアの澄んだ声が静かに、しかし確実にマナガの心を震わせる。「そしてあなたにも、そのことは話していないはずですね」次に、彼女が告げた相手は、マティア。少女はただ、沈黙をもって応えるだけだった…。レプリシアが持つ「すべてを見通す」という力。それはマナガの抱える「罪」でさえも白日の下に晒すほどの異能なのか。マティアとマナガ、二人の間にずっと封印されていた「秘密」が今、確かな輪郭を帯びてその姿を現し始めた…。黒のポリフォニカ、衝撃の第11弾。(7&YHPより抜粋。)
・感想
前巻はマティアの過去を語る巻であり、彼女の過去を中心として物語―――事件も進む巻でした。ならば今巻はマティアの相棒である彼の物語になるのは必然、というものです。今巻はマナガリアスティノークル・ラグ・エデュライケリアスの巻。マナガの物語です。と書きつつも、この巻でマナガの物語の重要な部分が語られるわけではありません。その準備段階というか、予兆的なものを見せる巻、でしたね。
ストーリーは不思議な『力』があるとして多くの人に慕われる女性、サクヤ・レプリシアの立てた共同施設『レプリシアの家』で起きます。心の弱い人たちが集い、慰めあいながら生活しているその場所で、一人の女性、ウノカワ・キャデリエヌが死亡します。当初は事故死と思われますが、救急隊員が遺体を搬出する際にレプリシアの家の住人が洩らした言葉「ああ、おっしゃったとおりだ」という言葉に『有り得ないこと』を見出した警察が、精霊事件の可能性を見て現場が将都トルバスの北西、ソルテ山麓だったことからマナガとマティアを派遣します。そしてその現場でレプリシアと関わることになるマナガは、彼女が持つという不思議な『力』にマナガが時折洩らしていた『自分の中の罪』の存在を言い当てられ、マティアに自分の中の罪に関して話す機会を持ち、マナガが心の中に持つ罪を少し、見せます。そう、この巻は、マナガが心の弱い人間たちと関わることで過去の罪と向かい合いことになる話であり、過去の事件でマナガの存在に助けられたマティアが、今度はマナガを支える話である巻―――そんな印象を受けました。
見所はやはりマナガの過去に関すること、それからマティアに起きる変化の促進―――新しい変化について、そして人の強さと弱さ、でしょう。
マナガの過去に関するところは、誰かに依存しようとする心の弱い人たちを前にして抑えきれない衝動が吹き上がったりしている姿に、彼の過去に何があったのか、ということを考えずにはいられないながらも全てを明かさないことでマナガの過去について尽きない興味を掻き立てられました。
マティアの変化についてはこれまでも幾度かその兆候がありましたが、今巻ではこれまでのものとは比較にならないくらい顕著にその変化が現れていました。今までは、切った髪が一晩で元の長さにまで伸びる、深い傷が数日経たずに治ってしまう、など超常的でしたが人間が起こせる現象の延長の変化でしたが、この巻で起きたのはまさに異変。人には起きない、起こせない症状が出ていました。どんな症状かは本編を見てのお楽しみ、ということで。しかしその部分も見るに、彼女たちの物語も佳境に入りつつある、と思わされます。それくらい驚きの異変でした。
そしてその異変がマナガの心境にも変化を起こし、マティアを支えているマナガは同時にマティアに支えられているマナガなのだ、ということを再認識しての二人の絆の強さの理由、として描かれていました。信頼している相棒であり、互いに理解している恋人であり、それでいて頼りになる父親であり、頼りになる娘である。マナガとマティアの2人のあり方は馴れ合いでもない、依存でもない、互いを尊重し互いを大事にし互いをかけがえのない相手としている、理想のコンビとして感じますね。
人の強さと弱さ、について書くと大いにネタバレになってしまいますので自粛しますが、登場人物―――今回のサブキャラクターについては、現実的にありそうな依存の関係や馴れ合いをしていて、人の弱いところをあからさまにして書かれている、と思わずにはいられません。だからこそサブキャラクターたちの言動にマナガが不快を感じているのも、彼が精霊である事を考えれば読者も共感できるのではないでしょうか。彼の咆哮―――救いの手に縋るばかりだった人たちに対する一喝は『深い』です。
そしてそんなマナガたちの重い物語の息抜きのように、サジ・シェリカのトルバス神曲学院での苦労話などが書かれます。新曲を上手く演奏できないシェリカが赤シリーズのフォロンも苦労していた、2年から3年への神曲演奏の試験で悩みながらも周りの人たちの援助や助言を受け、少しづつ成長していく。そんなシェリカの成長譚が丁寧に描かれていました。ゲストとしてコーティカルテとフォロンもBUNBUN先生の挿絵付きで登場し、重い物語の一抹の清涼剤として存在感を示していました。
総じて今回は、マナガの巻であり彼の過去を語る取っ掛かりとなる巻。そして同時に人間の弱さをこれまでの作品以上にありありと見ることになる巻であったと思います。