火の国、風の国物語5

火の国、風の国物語5 王女勇躍

著者・師走トオル先生。挿絵・光崎瑠衣先生。師走トオル先生は富士見ミステリー文庫で口先弁護士による痛快裁判小説「タクティカル・ジャッジメント」シリーズを書かれています。
・登場人物
主人公は両手に騎士剣を持って戦う豪腕の双剣騎士、近衛騎士であることを示す赤い鎧と貴族である事を示す赤いマントを同時に身につける建国の英雄初代ファノヴァールから数えて4代目のファノヴァール家当主、アレス・ファノヴァール。何者かに仕える使い魔の如き謎の存在で、アレスに取り憑いて事有るごとに怪しげだが的確な助言を与える、アレス以外にはその目に映らない少女の姿をした魔性、パンドラ。
サブキャラクターは、過去にアレスにより暗殺されるところを救われ以後はアレスの主君として存在している、物語の舞台となるベールセール王国の13歳の王女クラウディア。クラウディアの侍従シオーネ。アレスの愛馬オルトス。アレスの剣の師匠で黒魔術師でもあるイザーレ。アレスの存在が国のためには良くないのではと考える内務卿のカルレーン侯。王でさえ手を出せないとされている貴族連盟の盟主デルヴィレン侯と、その息子でアレスとの間に過去にちょっとした軋轢を抱えるフィリップ。そのお目付け役のキルマード。
風の国」側の面々はベールセール解放軍を名乗る一団の指導者で<オーセルの賢者>と呼ばれる男、ジェレイド。<風の戦乙女>の通称を持つ強大な風の黒魔術の使い手の少女ミーア。ジェレイドと同郷の猟師で弓の腕には高い評価があるマシュー。ミーアの幼馴染兼護衛役のルーク。
他にも色々と、登場人物がさらに増えています。
・シナリオ
もし、この争いを終結させることができるのなら、クラウディアさまのために死ねるというのならば。アレスの心は決まっていた。騎士の忠誠を誓った日から、この命を懸けることに躊躇はない…。王都を抜け出してきたクラウディアがアレスに語る争いを早急に終わらせるための策。それは彼女自身の命をも危険に晒すものだった。未熟で、世界との距離を知らなかった六年前のあの頃とは違う。焦燥感に囚われ、進むべき道を模索していた自分に、幼い王女は道を示してくれた。今度は、自分が王女の進むべき道を切り開く!「クラウディアさま。行きますよ…!」王女をその背に乗せ、アレスは再び前線に降り立った。(7&YHPより抜粋。)
・感想
騎士アレスの豪快な快刀乱麻の活躍を書きつつ、一方で策士ジェレイドの権謀術数が楽しめるシリーズの第5作目。しかして今巻はアレスの活躍もジェレイドの策もあまり無く、アレスと王女クラウディアの馴れ初めと、将軍フィリップがアレスを目の敵にする理由が語られる過去語りの物語でしたね。
前述したように、この巻は騎士アレスとベールセール王国王女のクラウディアとの出会いの話が多くを占める巻です。具体的にはアレス12歳、クラウディア7歳の時分の、初めて2人が出会い、アレスがクラウディアの護衛を任ぜられた時の話が語られます。当時から凛とした威風を見せ、自分なりの考えをもって城から抜け出して城下町を歩き回っていたクラウディア。そんな彼女の安全を確保する為に、当時から大人顔負けの剣の才覚を見せていて大人の騎士を相手に打ち勝つ事まであったアレスが護衛として抜擢され、2人は出会う。しかしクラウディアの護衛をする内にクラウディアの考えの一端を知り、その考えに感嘆して護衛としては止めるべき立場ながら消極的でもクラウディアに協力するようになるアレス。―――しかし、野心からクラウディアに近寄っていたフィリップにより、アレスはフィリップが仕掛けた計略に嵌まってしまう。果たしてアレスの行く末は―――というのが前半の流れで。後半からはまた大人のアレスの話で、前巻ラストで、ある目的の為に兵の慰問名目で最前線近くまで来てから軍を抜け出してきたクラウディアと合流したアレスは、「戦争を終わらせるための方法」を実践しようとするクラウディアを助けて、クラウディアと侍女シオーネを連れてその身を隠しながら反乱軍の拠点へと向かう。果たしてクラウディアが考える、戦争を終わらせる方法とは―――といった所です。
今巻は過去編と現代編という形で2つの物語が語られていますね。どちらにも共通しているのは、王女クラウディアが関わっており彼女の心胆の強さがありありと見られる、ということでしょう。7歳や13歳とは思えない確立した考えと、それを実行に移す行動力、敵陣の中で恐れを感じながらもそれを見せずに凛と振舞う気高さ、可憐さの彼女の行動は、これまでの無骨な展開―――アレスによる死山血河積み重なる戦場の場面とは違う、華やかでありながら芯の通った正論の展開という、緊張感と爽快感の合わさった話が楽しめました。
アレスの活躍は最後の方で少しだけ、という形になってしまっていますが今巻でも軍勢を相手に一騎当千というに相応しいトンでも大活躍をしていましたし、反乱軍の面々を前にしての剣でのウィリアム・テルもどきをしたり、「よろしいのですか?」の決めセリフもキマっていました。集中して見せ場がある、という感じでしたね。
総じてこの巻では全体的な話の流れ―――戦乱としては、ひとつの戦乱が少し終息しただけ、に過ぎないと思います。反乱軍と王国軍の内乱はトップ同士―――ジェレイドとクラウディアの間で一応の終息を見せただけであり、ここから王国の貴族連中やベルセルム4世がどう判断を下すのかなどは以後の巻で語られる内容でしょうし。しかし見逃せない内容の多い巻であった事も確かです。フィリップがアレスを憎むほど目の敵にする理由や、アレスがパンドラから助言を貰っている事をジェレイドが僅かばかり勘付きはじめている事などなど、今後の展開を左右する情報が多く語られた内容だったと思います。