泣空ヒツギの死者蘇生学

泣空ヒツギの死者蘇生学 (電撃文庫)

泣空ヒツギの死者蘇生学 (電撃文庫)

泣空ヒツギの死者蘇生学

著者・相生生音先生。挿絵・笹倉綾人先生。挿絵の笹倉先生は漫画版「灼眼のシャナ」を連載されていますね。
・登場人物
主人公はとんでもなく状況順応能力が高いという特殊性を持ち、幼馴染がいるという以外は普通の高校生男子だったが、殺人鬼『破砕破片』に殺害され、さらにヒツギの死者蘇生技術によってゾンビとして復活させられると言う数奇な運命を辿る氏姓偲(しかばね しのぶ)。『死者を蘇らせる』という特殊技術を持つ「死霊義装士」で、ヒロインでタイトルにも名が出ている泣空ヒツギ(なきがら ひつぎ)。
サブキャラクターとしては、偲の幼馴染の故不院 埋(こふいん まい)。ヒツギを世話するメイドで保護者の様な立ち位置を取る世話人の冥途(めいど)。ヒツギの技術を狙う一団から送られてくる刺客的立ち位置の唸吠去殺(うなぼえ こころ)。ざっとこんなところでしょうか。
・シナリオ
人生初のラブレターをもらい、幸せの絶頂にあった氏姓偲の人生は、突如後頭部に叩き込まれた一撃で唐突に断ち切られてしまう。死んだはずの偲が目を覚ますと、目の前には黒ずくめの少女・泣空ヒツギが立っていた。死者を蘇生させる特殊な能力を持ち、巷で噂の連続猟奇殺人の犯人でもあるらしい不機嫌少女の凶行を止めるため、偲はいやいやながらも彼女の「実験」に従うことにしたのだが…。第二の人生を強制的に歩まされることになった死人と、彼に執着する少女たちが織りなすネクロマンティック・ラブストーリー開幕。(7&YHPより抜粋。)
・感想
とにかくまず、読み出して数ページで思った事は「これは凄い名前の登場人物ばかりだ!」ということでした。それこそ西尾維新先生の作品の登場人物や同レーベルで言えば「とある魔術の禁書目録」なんかに並ぶくらいです。現実にこの名前の人というのは存在するか?と聞かれたら、「正直なところ、居ても日本に一人居るか居ないかだと思う…」と、帰すしかないというくらいにものすごい名前の連続でした…。
話の内容に関しては、「すごいヤンデレ…これは間違い無くヤンデレ…!」という、黒幕の暗躍に脅威を感じざるを得ない展開が凄いです。ある少女の偲に対する気持ちの強さは、もはや病んでいるという以外に無い執着ぶり。それゆえにあらゆる行動がそれで説明されているような一面があったのはその動機に関して多面的な面白みが無いというべきか、その何処までも貫くような執着の強さを畏怖してくださいというべきかは、迷う所です。その辺りは若干読み手を選ぶかもしれません。
主人公は典型的な主人公で、特殊な能力がある訳でもなくて周囲の人間―――主にヒロインなど―――に振り回されてばかり。でも大事な場面ではヒロインを守る為に無茶をしたりして―――という、これもまた典型的な存在です。ただしこの作品の主人公はゾンビ、ということであっさり腕を引きちぎったりすることに同意したりしていて若干、状況への親和性に違和感がありましたね。それこそが主人公の特殊性―――と説明されていましたが、説明不足なのか私の理解力不足なのか、いまいちピンと来ませんでした。ちなみに主人公はゾンビと言われつつも、新鮮な死体を使い防腐処理なども施されているようですので、RPGなどに出てくる腐りかけて目玉が落ちかかったような典型的な『ゾンビ』というよりは、生前そのままの姿で単に心臓が動いていない、体を失っても接合などが可能である、という『フレッシュゾンビ』とか『フランケンシュタイン』的なものが近いイメージかな、と思います。
ヒロインのヒツギに関しては典型的なツンデレ系ロリ娘ヒロイン。正直 ま た ツ ン デ レ か と思わなくも無いですが、既存のツンデレ形ヒロインとは一線を画す「殺人や死体損壊を気にしないヒロイン」という一面があり、それを何処まで引っ張り、またヒロイン属性として相生先生が活かしていくのかは気になる所ですね。また、ヒツギが使う死者蘇生の技術に関しては、黒魔術的ななにそれとか霊魂を反魂してのどれそれ、とかではなくあくまで超常的ではありながらも現代的な技術による方法でてっきりオカルティズムに走るのかと思っていましたので意外でした。
総じてこの作品は第2の人生を歩む事になった主人公が、最初の人生―――人として生きていた時のしがらみと向き合いながらも自発的に第2の人生に向かって行こうとするのを、最初の人生の関係者―――ぶっちゃけて言うと幼馴染に引き止められて苦悩する話、となるでしょうか。ただそこに連続殺人鬼の行動や幼馴染の狂的な行動、ヒツギを狙う人たちの行動などが混ざってきて、話がかなりややこしくなります。しかも最終的な決着などはつかず、何も解決しないままで物語の幕が下りてしまいます。そんな丸投げ感が漂う作品ではありましたが、ヤンデレに関する部分はかなり病的で狂的、ヤンデレの醍醐味である「愛され過ぎる怖さ」というものが強く語られていて、面白かったですね。続刊が出て、収まりの悪かった部分―――ちゃんとした決着などがつく話を読みたい、そう思った作品でした。