神曲奏界ポリフォニカ 赤7

神曲奏界ポリフォニカ エイディング・クリムゾン

著者・榊一郎先生。挿絵・神無月昇先生によるシェアード・ワールド・ノベル・シリーズの赤シリーズにおける第7巻。第6巻の後編という位置付けになります。榊先生はMF文庫Jレーベル「イコノクラスト!」シリーズや、ファミ通文庫の「まじしゃんず・あかでみぃ」シリーズなど、精力的に様々な作品を出しておられる今、脂の乗っている小説家ですね。神無月先生はキネティック・ノベル版ポリフォニカ赤でも原画をされていて、著作に18禁PCゲーム「デミウルゴスの娘」や「魔王と踊れ!」といった作品もあります。
・登場人物
メインキャストは、主人公にしてツゲ神曲楽士派遣事務所所属の神曲楽士、朴念仁が珠に傷だが優しい性格で人に好かれやすいタタラ・フォロン。ヒロインは、フォロンの契約精霊で始まりの精霊の1人でもあり、『紅の殲滅姫』などの異名でも呼ばれていた事のある少女の姿をした上級精霊、コーティカルテ・アパ・ラグランジェス。
サブ・キャラクターたちはフォロンと同じツゲ神曲楽士派遣事務所に所属する双子の姉妹で姉の、新米神曲楽士として現在実地で勉強中の、フォロン先輩大好き!の金髪元気娘ユギリ・ペルセルテ。双子の姉妹で妹の、ツゲ神曲楽士派遣事務所所属事務員、銀髪でペルセルテを危なっかしく思いながら見守るやさしくおしとやかながらその芯に強い意思を持つユギリ・プリネシカ。フォロンの親友でツゲ神曲楽士派遣事務所所属の神曲楽士、契約精霊こそいないものの培った努力と天性のセンスで膨大な数の下級精霊を呼ぶことのできる、サイキ・レンバルト。学生時代から才覚を発揮していた天才で、ツゲ神曲楽士派遣事務所を立ち上げた、フォロンやユギリ姉妹、レンバルトのの雇用主でもあるツゲ・ユフィンリー。ここまでが『ツゲ神曲楽士派遣事務所』に所属するメンバー。ここからはその他のキャラクターとなります。以前とある事件でフォロンたちと関わった結果、大企業の息子の立場から脱し、恋人となった精霊のシェルウートゥと一緒にい続けるために神曲楽士を目指してトルバス神曲学院で学ぶ事を決めたオミ・カティオム。以前のとある事件でフォロンたちに救われた上級精霊で、その事件の結果カティオムと人と精霊の垣根を越えて恋人同士となったシェルウートゥ・メキナ・エイポーン。キネティックノベル版で登場して人気を得て、今巻では作品出演と相成った本当に生まれたばかりの下級精霊、ミゼルドリット。ユフィンリーの契約精霊で中級精霊ながらその卓越した格闘センスで上級精霊とも渡り合ってみせるヤーディオ・ヴォダ・ムナグール。精霊が起こした犯罪「精霊犯罪」を担当する精霊の刑事、シャドアニ・イーツ・アイロウ。古き精霊の一人で、コーティカルテが始祖の精霊として存在していた頃から既に生きている牛頭人体の半人半獣の精霊、しかしその性質はどこか見ている者に朴訥とした暖かさを感じさせる中級精霊、ミノティアス・オロ・バーリスタン。
この巻でフォロンたちが関わるトルバス神曲学院の関係者として、フォロンが指導する学生たちの1人で、噂話が大好きでフォロンの女性関係などに良くツッコミを入れる学生、ミナベ・トレス。精霊に過剰に反応し、精霊嫌いを公言する学生、クガノ・リュネア。引率の講師、カザマル・ナルニアーテ。ニシカ・ポークト。謎の赤い鬣を持つ馬型の精霊、カーマイン。そして敵勢力的な存在として、ライナスという男と作業着の女ビアンカ。新登場の敵は以前にもとある事件で登場した骸骨の顔を持つ上級精霊、ディエス
・シナリオ
奏始曲による精霊の争乱を退けたフォロンとコーティカルテ。だが連絡橋が破壊されたメガ・フロート—ホライズン—は完全に孤立していた。しかも奏始曲に操られた精霊達の怒りが収まらず、ホライズンは悪天候の中崩壊を始める。一方ポークトに付いていったリュネアは、彼の振る舞いを見て自らのカーマインに対する気持ちが本物かどうか疑問を抱き始める。隔壁が降り、移動もままならなくなったホライズンで繰り広げられる人と精霊—似て非なるもの—の葛藤と軋轢。精霊を恐れ、排除しようとする人、良き隣人として受け入れようとする人。彼らの思いの行方は!クリムゾンシリーズ第7弾。(7&YHPより抜粋。)
・感想
お約束のように発刊が一ヶ月遅れたシェアード・ワールドポリフォニカ・シリーズの、クリムゾン・シリーズ第7巻です。
第6巻の紹介で書きましたが、この巻と前の6巻と合わせて1つの話、ということで大まかな登場人物のキャラクター紹介的なものは前の巻に書かれており、その分この巻ではそういった登場人物たちが絡みあい、話を進めていくというのが中心になっています。つまり日常シーン的なものは少なく、舞台であるメガ・フロートという海上施設<ホライズン>でフォロンやコーティカルテ、ペルセルテやカティオム、リュネアたちが事件に関わり各自がそれぞれに奔走し、時には戦闘もある、というものが中心になっているきな臭い事の多い話になっていますね。
物語は前述した通り、メガ・フロート<ホライズン>からの脱出劇、という形になります。外とホライズンを繋ぐ通路が前巻で破壊され、さらに<奏始曲>の影響で暴走状態となった精霊達により、ホライズン内で孤立してしまったフォロンとコーティカルテ、ペルセルテ、ミゼルドリットなどを含むトルバス神曲学院の生徒数名と教師、それからホライズン関係者達。『反精霊団体』が内部で何かしらの暗躍をする中、フォロンたちは無事、ホライズンから脱出できるのか―――という話になります。
この話は反精霊団体の相手をしながらの脱出劇―――という形になりますが、相手が反精霊団体ですのでフォロン&コーティカルテVS敵の精霊&神曲楽士、という図式は基本的に成立しません。ですが最後の相手としてやはり精霊が出てくるので、神曲楽士と同調した精霊の活躍するバトル・シーンは無いのか!?というとそんな事はありません。今巻でもちゃんとあります。しかしそこに行くまでの間はダンジョン探索のADV見たいな感じで、突然隔壁が降りてきて通路が封鎖されたり、爆発が起きて火に巻かれそうになって逃げる事になったり、中央制御室を探し出して状況を把握しようとしたりして、バトル・シーンは無い代わりにそんなアクション・イベント・シーン的なものが多く見られます。勿論、その合間にはアクションではないイベント・シーン…イチャイチャするフォロンとコーティカルテとか、カティオムとシェルウートゥとか、精霊に対して友好的から反意を持つことになる一般人などの描写など、そんな話が各所に挿入され、今巻はゲームで例えるとこれまでがノベルゲーだったのが、今巻では3Dダンジョン探索型ADV、という感じになっています。
今巻のサブタイトルである『エイディング・クリムゾン』。このエイディング、というのは『AED + ING』かな、と思いました。詰まる所、今巻は『癒し』の物語と。精霊であることのコンプレックスからカティオムとの距離を感じていたシェルウートゥをカティオムが身体を張って癒そうとする話。そして馬型の精霊カーマインと精霊嫌いのトルバス学院生のリュネア、この2人の関係が『癒される』話、そう感じましたね。
そして今巻では大活躍のミゼルドリット。まさかのギミックとペルセルテの神曲による見せ場シーンでは、挿絵の効果もあってお気楽&極楽&能天気下級精霊、という私の私的なイメージを一瞬で払拭していました。かと思えば根底は変わってなかったりで、一気に私の中でミゼルドリット株が急上昇です。その分、前巻で大いに日常シーンで活躍したシェルウートゥは今巻では契約楽士がいない、というのもあって前面に出ての活躍、というのはミゼルドリットに譲っていましたね。他には、今巻でもやっぱり重ねた年月の重みを感じさせる古参中級精霊のミノティアス。反精霊団体の構成員相手に、賢者たる老人が一面的な見方をしている若者に教え諭すような言葉が、白の時代から登場し続けている古い精霊であるミノティアスの言葉とあって説得力抜群でした。というか、『豪腕パワーファイター』なイメージのミノティアスの、以外に知的な一面に二重の意味でビックリです。白の時代では2足歩行しようとして苦労したり、ダンスの練習をしていた人間社会駆け出し、っぽかったミノティアスがこれほど深く人と精霊の関係を考えているとは…と、関心しまくりでした。
さらにこの巻では、珍しく『ブルー』シリーズのポリフォニカとコラボレーションと言うか、シェアード・ワールド作品らしい繋がりが出てきて意表を突かれます。『聖カエルレウムの虐殺』。この言葉が出てきて、その当時の描写としてあの精霊らしき者の事が出たりするので、他の色のポリフォニカを読んでいる人にだけわかるサービス、というおまけもばっちりな訳ですね。ちなみに『聖カエルレウムの虐殺』がどう話に関わってくるのかは、読んでのお楽しみ、ということで。
またこの巻はクリムゾン・シリーズにおいては最大量の約500ページの作品となり、さらに前後編。作者先生もあとがきで「文庫の値段じゃねぇ」と書かれていますが定価も¥700越え。そういう意味でもこの作品はクリムゾン・シリーズ最大最高額の作品となっていますね。しかしそれに見合うだけの盛り上がりを見せる作品、でもありました。特にラストは秀逸です。小説媒体でありながら、PCやPS2、PSPとなったゲーム版ポリフォニカに勝るとも劣らぬ作品となっています。音楽などがつけば、ゲーム版と肩を並べる盛り上がりを見せる、と言えるのではないでしょうかね。
最後に極私的な意見を言わせて貰えば、500ページで定価¥700で榊先生は恐縮仕切りでしたが、世の中には1000ページ越え、定価も¥1200越えで文庫史上最強最厚最高額の小説の記録、というものがあるのであまり気にしなくていいんではないかなー、とか思いました…(笑