境界線上のホライゾン1(上)

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン1(上)

著者・川上稔先生。挿絵・さとやす(TENKY)先生。著者の川上先生は電撃文庫『パンツァーポリス』でデビュー後、同レーベルから世界観を共有して繰り広げられる作品シリーズで『都市シリーズ』と呼ばれる作品を発表。都市シリーズのさらに過去の話である『AHEADシリーズ』を全14冊で刊行。特に『AHEADシリーズ』最終巻の1000ページ越えはもはや文庫では無い分厚さとしての記憶もまだ新しいのではないでしょうか。今回の『GENESISシリーズ』はその『都市シリーズ』と『AHEADシリーズ』の間を繋ぐ話として公開されています。尚、挿絵のさとやす先生は都市シリーズ『風水都市 香港』から川上先生とずーっとコンビを組んで都市シリーズ、AHEADシリーズと続けてお仕事をしている、言ってみれば電撃文庫の名物コンビな御両人ですね。
・登場人物
多過ぎるので割愛で。基本的な主人公とヒロイン、それと今巻で活躍した人だけにします。
主人公は武蔵アリアダスト学院で総長兼生徒会長という役職を務める、自他共に認める平々凡々な凡夫だけど言動は川上作品特有の突飛さを見せる、かつて過去に何かしらの大きな失敗をして後悔を背負っている葵・トーリ。ヒロインは記憶を失った状態で1年前に武蔵に乗り込んできて以来、パン屋兼軽食屋で働く自動人形のP−01s。
今巻で大きく取り上げられて活躍していたのは、松平家四天王の1人、神格武装蜻蛉切”の使い手であるおっさん本多・忠勝。その相方として忠勝の妻の一部を継いでいる自動人形である鹿角。そしてその戦う相手として西国一の武者と呼ばれ、大罪武装”悲嘆の怠惰”を持つ若武者、立花・宗茂
・シナリオ
川上稔が贈る待望の新シリーズ、遂にスタート!  各国により分割統治された中世の神州・日本。その上空を8隻からなる都市艦“武蔵”が航行していく―。遙か遠い未来。“重奏統合争乱”を経て、人類の命運を懸けた“聖譜”をもとに歴史の再現を行う国々。そして、さまざまな思惑と決意を胸に、未来を切り拓こうとする人々。重なり合う中世の世界を舞台に、学生達による学園国家間の抗争が始まろうとしていた! AHEADシリーズ『終わりのクロニクル』と都市シリーズの間の時代を描く、壮大な物語“GENESIS”シリーズ、遂にスタート(7&YHPより抜粋。)
・感想
川上節が炸裂する壮大な『FORTH』『AHEAD』『EDGE』『GENESIS』『OBSTACLE』『CITY』と続く世界の、第4の世界の話―――『GENESIS』シリーズ、その開幕の物語です。
舞台は、基本の世界としてある世界とそのコピー世界―――『重奏世界』とが日本―――『神州』が起こした事故により重なってひとつの世界として合一してしまった世界。世界の合一を起こしてしまった責任を取るという形で各国に分割統治されている神州で、唯一の領土として残されている8つの船からなる巨大航空都市艦”武蔵”。決まった位置に留まらず、常時神州上空のいずこかを航行するその船の上が基本の舞台となるようです。だたし、あくまで基本であり、今巻では武蔵上とその武蔵が寄航した都市―――三河が舞台となっています。
今作品、初っ端から川上節が炸裂しておりこの作品を楽しむためには兎にも角にも世界観の理解/順応がまずは最初の課題となります。過去の都市シリーズやAHEADシリーズを読んでいた人には馴染み深い言葉などが出てくるのでまずまずハードルは低いですが、逆にこの作品から川上稔先生の作品に挑戦しよう、とするならかなりの苦難を覚悟しなければならないでしょう。というのも、都市シリーズ/AHEADシリーズで少しづつ積み重ねる―――小出しにしてきた新技術(武神や異属、自動人形などの設定)―――という下積みがある事が前提になっていて、川上稔先生初体験だとまず彼ら彼女らが何が出来る存在なのか―――そういったことから理解する必要が出てくるからです。ちなみに簡単に穿って説明してみると―――武神=MS、異属=悪魔や天使、他に竜とか等の所謂『亜人間』的な存在、自動人形=オートマトンメイドさん。但し重力制御とかできるちょっと凄いやつだぜ?という感じでしょうか。かなり端折ってみましたが。そんな訳で、読むうちにどういう存在なのかを理解してくとなると、物語を追いかけるのをそっちのけで設定理解に腐心した結果、この作品の面白み―――そういった特殊な存在が入り混じって繰り広げられる世界規模の騒動―――といったものが満足に楽しめません。そういう意味も含め、この作品はかなり電撃文庫上級者向けの小説、ということになるでしょうか。
入り込みにくさはさて置き、物語そのものはどんなものか、と申しますと。
この『境界線上のホライゾン1<上>』は、主人公である葵・トーリが当初は迷いがありながらも、やがて自分が動き出す理由に確信し、大きな騒動に巻き込まれる/大きな騒動を巻き起こす、その直前までの話、と思いました。
川上節炸裂―――前述したように、この作品は私が川上節と呼ぶ表現―――シリアスとコメディのバランス―――が、とてもメリハリが利いていてその二面性に魅了される作品です。学校を舞台にちょっと変わった授業風景の中で主人公や級友たちが馬鹿騒ぎを起こす一方で、とても真面目かつシリアスに世界の命運を左右しかねない情報戦が為されたり武芸者同士の命を掛けた戦いが演出され、かと思えばまたお馬鹿な騒ぎの描写がされて―――と、密度の高い難解な文で綴られる部分と軽いノリで進められる部分との差が激しく、そこが読み手のページを捲る手を止めさせません。
また戦闘シーンも秀逸です。
空間破壊武装VS空間破壊武装、という形式で、互いに数ある手数の中で致命的なものとそうでないものとが入り混じり、それを見極めながら相手を打倒し、自らの目標を遂げようとする―――そうなっていて、描写される表現の一文一文に緊張感が満たされていました。しかもただ相手を倒せばよい、というものではなく両方に別の勝利条件―――目標地点の時間内の防衛と、時間内に目標を攻略する、というのがあって相手を倒せばよいという以外にも勝利条件があってそれを突こうとしたりもしていて、多様性に富んだ戦いを見せてくれます。
総じてこの作品は、膨大な情報量に裏付けされる精緻な演出が光る作品です。圧倒的なまでに羅列される情報を理解し、それを組み上げ、情景とする。それを連続してすぐに頭の中で組み立てられる―――そういう形で描写される情景を想える人なら、これほど心沸き立つ面白いアクション作品は電撃文庫レーベルではそうそう並ぶものは無いのではないでしょうか。しかしそれだけにやはり、”そこ”に至れない人―――頭の中で一つ一つ描写をイメージしながら、ゆっくりと情景を浮かべる人(私もここに当たると思っております)や、そもそも書かれている情報全て吸収してイメージするのではなく、広い読みのようにしてその情景を大体の感覚で思い浮かべるなどする人にしてみれば、面白いかもしれませんが読むのに膨大な時間が掛かる作品、となりますね。そんな訳で読み手を選ぶ、或いは読み手に相応の経験値を要求する作品だとは思いますが一度でも読みきればハマる―――これはそんな作品だと思いました。