ナルキッソス

ナルキッソス (MF文庫 J か 5-1)

ナルキッソス (MF文庫 J か 5-1)

ナルキッソス

著者・片岡とも先生。挿絵・ごとP先生&いくたたかのん先生。片岡先生はPCゲームブランド「ねこねこソフト」でシナリオライターをされていて、代表作に「銀色」「みずいろ」「Scarlett」などがあります。ごとP先生は「Official Another Story CLANNAD 光見守る坂道で」他多数のイラストを描かれ、いくたたかのん先生は「ひまわりのチャペルきみと」というPCゲームで原画やイラストを描かれていますね。
・登場人物
メインキャストは主人公で胸の痛みを覚えて入院したばかりの阿東優と、ヒロインで長く入院生活をしている、誰もが振り返って見るような美少女だが優より年上の佐倉瀬津美。
サブキャラクターは優、瀬津美の入院しているホスピスのある病院の1Fで受付をしているナースの蒔絵素子。蒔絵の友人の先輩の昭島優花。優の友人、望月。優の父親。瀬津美の母親。
・シナリオ
「…ただ、生命の尽きる場所」。ある冬の日に阿東優が入院した「7F」は、そういう場所だった。そのことを彼に告げたのは、長い黒髪を持つ同じ入院患者の美少女。名前はセツミ、血液型O…手首の白い腕輪に書かれていたのは、ただそれだけ。他にわかることといえば、いつも不嫌機そうな顔をしているということと、優より年上なのに、まるで子供のような外見だということぐらい。最期の時を迎えるのは、自宅か7Fか。いずれの選択肢をも拒み、ふたりは優の父親の車を奪って走り出す。行き先も、未来さえも持たないままに—。人気ゲームクリエイター片岡ともが綴る感動のストーリー、待望の小説化。(7&YHPより抜粋。)
・感想
この作品はとても物悲しい雰囲気、しんみりとしたストーリーでしたね。
基本的には逃走劇―――と言うことになるのでしょうか。病で余命幾ばくも無い主人公とヒロインが、まだその自覚が無い主人公がすでにもうじき余命の尽きるヒロインと出会うことで病の重さと自分を待つ運命を感じ、父親の車を盗み出して2人で当ても無く入院している病院から逃げ出す―――そうしたストーリーが前半部分になりますか。そこからの車での移動を繰り返しながらの行動と、その果てに目的地を見出しそこに向かっていくのが後半部分、となります。
前半部分は主人公が自分が病に侵された身である事を実感する為に整えられた舞台、という印象です。普通免許を取得した直後ということで、車に関する描写や同時期に免許を取得した友人との会話などが描写され、主人公がその時点ではまだ半分通常生活・半分入院生活状態で主人公を見舞った突然の病、というのが本当に突発的に襲ってくるものだと表現されていました。またヒロインとの出会いも意味深な発言から始まる形で、2人の間に病に対する姿勢の違いというか、2人の立ち位置―――病をまだ軽く考え受け止めている者と、病の重さを実感しており既に達観しつつある者、というスタンスの違いが明確にされていました。
後半部分―――この作品はここからが真骨頂、ですね。
父親の車を盗み出して入院しているホスピス7Fから何の目的も無く、ただ家でも7Fでもない場所に行きたい、と脱出した主人公とヒロインが、色々な方法で生活しながら目的地を見出してその地を目指して。しかし彼らに、特にヒロインに残されている時間はもう無くて―――と、最大の盛り上がりへと繋がっていきます。ただ、前述したようにこの作品は物悲しい雰囲気、しんみりとしたストーリーですので盛り上がりと言っても特に劇的な展開がある訳ではありません。目的地へたどり着くまでに2人が辿った960kmの旅。その旅の中で起きた些細な出来事から忘れられない思い出まで、そういった諸々が積み重なって積み重なってこの『ナルキッソス』と言う作品を形作り、読者の心にもその旅の風景を刻んでいくという、そんな丁寧で朴訥な、しかし真摯な作品―――それがこの物語です。
この作品、元は同人ゲームでありそれが小説化されているだけあって、話の筋は通っていると言うか、読み終えた後に深い感銘を受ける作品です。ヒロインの最後に主人公がした選択。その選択を選んだ根拠―――選んだ理由。そういったものは一般的な観点から見れば非常識なものですが、それを選ぶに足る理由が主人公にはあった。またヒロインも、旅が始まる前に感じていた選択を変えかねない体験をこの旅で感じた―――しかし最後はそれでもその選択を選んだ。そう考えると、2人が旅で感じ、通じたものは何だったのか、それでも最後にその選択を選んだのはどうしてなのか。と、考察せずにはいられない色々と考えさせられる作品でした。
総じてこの作品は、ひとつずつ積み重ねていった主人公とヒロインの関係が、当初のヒロインの姿勢を少しだけ変え、最後にそれが結実した姿を見せるもヒロインを待つ運命は変わらない―――そんな、無常感を感じずにはいられないながらも、その中で精一杯に輝く2人が見られる、とても淡い物語でした。