スクランブル・ウィザード

スクランブル・ウィザード (HJ文庫)

スクランブル・ウィザード (HJ文庫)

スクランブル・ウィザード

著者・すえばし けん先生。挿絵・かぼちゃ先生。第2回ノベルジャパン大賞で『大賞』を受賞した作品ですね。
・登場人物
主人公は一見下っ端チンピラ風だが見た目通りの厳しさの中に優しさを込められる魔法士、作中では臨時教官としてヒロインたちを相手に、魔法の使い方を教える役目になる椎葉十郎。ヒロインはまだ魔法士見習い的な立場で魔法を学んでいる途中の、父母に政治家などを持ち厳しい教育・家庭環境で生きてきた為自然と『優等生の自分』という仮面を被って人に接するようになった中学生、雛咲月子。
サブキャラクターは、十郎の同僚でA級の魔法士の素養を持つが、その性癖ゆえに十郎共々に懲罰として魔法士育成の教育係を押し付けられてしまった能勢和希。学校での十郎、能勢の上司に当たる先任魔法士教育者で医師でもあり、過去のトラウマ的経験から人の救命や子供の教育等に強い潔癖感を持つ出雲井信乃。出雲井に救われた過去を持つ、魔法士教育者で医師も目指しという出雲井と同じ道を歩もうとしている嘉神祐平。教育を受けている魔法士見習いで、素養だけなら優等生の月子並だがその性格は所謂「我侭な最近の子供」で、子猫を痛めつけるのに魔法を使ってしまうような10代の少年、最部駿介。十郎の実の姉であるが冒頭で故人となる椎葉一花。
敵役としてはテロリストグループ『大祓』のメンバー、マキヤ。『大祓』に雇われた傭兵魔法士で大掛かりな魔法を使う事もできるA級の素養を持つシグレ。
他、動物病院の先生やら警察の関係者やらが、チラホラと出てきますかね。
・シナリオ
政府機関に属する魔法士の椎葉十郎は、とある事情で同僚の能勢とともに魔法士養成校の教官として派遣される。そこで出会った少女・雛咲月子の扱いに四苦八苦する十郎。そんなとき魔法士を目の敵にするテロ組織「大祓」が学校を襲撃! 十郎は生徒たちを守りきれるのか!?(HJ文庫OHPより抜粋。)
・感想
第2回ノベルジャパン大賞で『大賞』を受賞した作品だけあって、非常に良く纏まっていて勢いもあり、一息に読んでしまえる魅力を持った作品でしたね。
話の内容としては、「第一線で働いていた魔法使いの実力者2人が失敗して、謹慎代わりに教育機関に出向になる→出向先でそれなりに教師をやっていく。ヒロインとも仲を深める→出向先にテロリストが襲撃を。2人の出向者のうち、片方は早々に無力化されてしまう→残った1人(主人公)がテロリスト相手に奮闘をはじめ、ヒロインもそれを助ける!」という、ちょっとライトノベルを漁ってみれば意外と見られる展開で物語は進んでいきます。しかしそれをこの作品は、過去を初めに語っておく事で尖がった性格になったことを読者に納得させる主人公や、丁寧に心情や背景を描写したヒロインや、その他それぞれに魅力のあるキャラクターたちで進めていき、ひとつの映画のように綺麗に起承転結がついているのですね。
衝突、和解、協力、撃破などと、登場人物たちそれぞれがそれぞれに出会った時、何かしらの現象が起きていますが、それら全てに起こり得る納得行く説明がある。偶然や作為的なものではなく、予め異なる性格の者同士が出会った時、起こり得る衝突を書いて、さらにその衝突の結果までもを作中で書いている。投げ出して終わらせたりしていない、最後まで書ききっている―――その丁寧さが、この作品が一気に読んでしまうだけの魅力を持った作品となった理由かな、と感じました。
設定としての面白さは特筆するほどのものは無く、意外性もあまりありません。魔法が世界にあり、主人公はその中で「魔法を無力化する魔法」に特化していて、ヒロインにはヒロインにでまた特別な素養があったりして、そういった設定の面では十把一絡げに見られる設定です。しかし逆に、そういった所に拘らずに居た為に、『人と人の心や体を問わないふれあい』の面がより強調されていて、その「設定としての面白さが無い」というのもこの作品の1つの武器になっていますね。それに設定には面白さが無くとも、設定を生かした仕掛けにはまた陳腐ながら奥の手的なものがあり、予定調和を楽しませてくれます。
総じて、そういった作品が大賞に輝いた―――その点だけで見ても、この作品がどれだけ読者を引き付け、読み応えがある作品かが窺い知れるというものです。