くじびき勇者さま 7番札

くじびき勇者さま 7番札 誰がくじびき女王よ!?

著者・清水文化先生。挿絵・牛木義隆先生によるお気楽気味なファンタジー世界でのくじびきで選択された勇者とその従者の珍道中物語、と言った感じでしょうか。清水先生の他著作は、富士見ファンタジア文庫からデビュー作「気象精霊記」シリーズ、「あんてぃ〜く」シリーズなるものを出しているようです。挿絵の牛木義隆先生は徳間デュアル文庫の「とくまでやる」シリーズやJIVE出版の「ゲヘナ リプレイ アザゼル・テンプテーション」シリーズなどの挿絵を描かれていますね。
・登場人物
主人公でヒロインの、料理が宮廷料理人級で様々な文学に長けた博識という以外はただの見習い修道女から、国を上げて行った『救世の勇者の選出』のくじびきによって『勇者の従者』となり、さらに紆余曲折あって今では南アルテース共和国の大統領にまでなってしまったメイベル。もう1人の主人公で、普通の、騎士団入りを目指して選抜くじ引きに何度も挑んでは当たりくじを引けずに落選していたが『救世の勇者を選び出すくじ引き』で、見事勇者のくじを引いきメイベルと旅に出て、今ではメイベルと一緒に南アルテースで経理を担当するようになった剣士ナバル。メインは基本この2人で。サブとしては、メイベルの親友で同じ見習い修道女のパセラ。騎兵隊長でメイベルが好きな貴族の騎士クラウ。パセラたちと同じ見習い修道女で貴族の娘のレジーナ。南アルテースの都市ラクスの市長、それからジェニフィ、キャロル、エミリオといったメイベルとナバルの世話係として派遣された正修道女/正修道士など。
さらにこの巻ではメイベルの実家の家族が出ますね。姉2人にその夫、父母などメイベル一家が姉の一人、ラズベルの他はほぼ名前こそ出ないものの、登場します。
・シナリオ
南アルテース初代大統領に就任したメイベルは激化する西アルテースとの戦闘の対応に追われていた。出来る限り被害を出したくないメイベルは次々と新しい発明品を戦場に導入し戦況を変えていく。そして戦争を終わらせるためにメイベルが取った武力でも政治力でもない第3の方法とは…?南アルテース編クライマックス。(7&YHPより抜粋。)
・感想
この巻で南アルテースを舞台にした、メイベルとナバルの2人と彼女達を逆恨みしていたビーズマス公王との問題は一応の解決を見ます。メイベルが南アルテースの大統領に就任した事で、西アルテースと南アルテースとの戦争にさらに深く関わることになったメイベルとナバル。しかしこの戦いは、一方的に南アルテースが西アルテースを技術力で圧倒して、精神的にも軍事的にも制して終わった感じでした。
メイベルの発想力とラクス市長の技術力、加えて様々な閃きを経て、西アルテースの技術力が鰻上りに上がっていくのは前巻から続いていました。戦車の作成から間を置かずにその改良型である放水車を発明し、その技術の流用により火炎放射器まで完成。軍人の装備は鎧からジャケットと防弾アーマーになっていく。滑空によって飛んでいたグライダーはついにエンジンを搭載して飛行機と化し、一部の都市間だけだった鉄道は既に西アルテースの占領区域にもその軌道を伸ばし、道には馬車に変わって自動車が走り始めてと、凄まじい勢いで近代化、産業革命が起きていました。前巻でも思いましたが、この技術の発展の速さは果たして何処まで行くのでしょうね。個々までくるともう行き着く所まで言ってもらいたい気がします。やがてメイベルたちは宇宙へ行くんじゃないでしょうか…。(笑
そういった訳で、この巻では凄まじい産業革命により発展していく技術によって、南アルテースが西アルテースを制圧していく姿が見られました。また、技術力による軍事的な制圧だけでなく、メイベルがただ善意でやった事がその意図とは違う形で西アルテースに受け入れられ、西アルテースの住民も直にメイベルを受け入れていく姿は裏の無い行動が人の心を惹きつけるという姿をよく書いていると思いました。
また、メイベルとナバルの関係に関してもこの巻では劇的な進展は無いながらも、2人のいざという時のツーカーの関係が書かれていて、2人の絆の強さが窺い知れましたね。もっとも、それは戦闘時などに限定されていて平時でのナバルの朴念仁ぶりは笑いを誘われ、そこは作品の雰囲気にあった楽しさがありましたね。
総じて今巻は、高まっていく技術に旧来の技術では太刀打ちできない、というのをマジマジと見せられる気持ちが強かったですね。鎧と剣で武装し、簡素な銃で、或いは盾と槍で防備を固めた西アルテース軍を、日進月歩で戦車→放水車→火炎放射器付き戦車や、グライダー→飛行機、先込め式銃→後ろ込め式銃→自動装填連発銃→機関銃、或いは船→モーターボート→水上戦艦などと、あっという間に発展していく兵器で武装した南アルテース軍が攻めていくといった、文字通りの技術による圧勝が見られていました。1つの時代の移り変わり、産業革命によって瞬時に変わっていく国の姿を、この作品では見られると思います。
そしてクライマックスでの驚きの展開。ある意味予定調和なのですが、だからこそ、その予定調和を外してくるかと思える前振りを見せておきながら、そのまま予定調和で進めたのは意表を突かれました。良い意味で驚かされましたね。思えばただの修道女が救世の勇者の従者となり、聖女と謳われ、大統領と賛辞され、果てはコレ。『くじびき勇者さま』シリーズは一介の少女だったメイベルの、立身出世譚でもあるのだな、とも思いましたね。