千の剣の舞う空に

千の剣の舞う空に (ファミ通文庫)

千の剣の舞う空に (ファミ通文庫)

千の剣の舞う空に

著者・岡本タクヤ先生。挿絵・柏餅よもぎ先生。第9回えんため大賞”優秀賞”受賞作品です。
・登場人物
主人公で語り部、架空の対戦格闘ネットゲーム『サウザンソード』で”タカヒロ”を名乗る赤い着物のサムライをプレイする上級ゲーマーの速見真一。『サウザンソード』で白い女剣士”アスミ”をプレイするクラスでも人気者のヒロイン、真山明日美。そんな主人公とヒロイン2人が目指す『サウザンソード』最強ランクに鎮座し続ける”闇”。明日美の中学時代の同級生で友人の永井さん。お調子者だけど明るくてクラスのムードメーカーな杉田さん。クラスメイトの男子で山崎くんと谷村くん。チンピラの仮称”赤シャツ”。他にもリアルワールドでもネットワールドでも数人づつ、といったところでしょうか。
・シナリオ
事故で夢絶たれ孤独な高校生活を送る真一は、ネットゲーム『サウザンソード』に没頭していた。仮初の世界でかつての夢―世界最強を追い求めるうち、真一は最強プレイヤー『闇』を捜す白い女剣士アスミと出会い、いつしか行動を共にするようになる。虚構の中で確かな絆を育む二人。ある時真一は、アスミがクラスメイトの明日美だと気づくが、現実では言葉も交わしたこともなく―。ボーイミーツガールを爽やかに描く第9回えんため大賞優秀賞受賞作。(7&YHPより抜粋)
・感想
この作品は夢を失った男の子と、現実に耐えられなくなった女の子がネットゲームを通じて復帰し、成長していく過程の話でしょうか。中学生時代から始まる主人公とヒロイン2人のそれぞれの挫折。どん底にいるその時に、ネットゲームに出会い再び立ち上がりかけた、片膝をついたような状況から始まる高校生活がこの作品の舞台ですね。話の展開は第9回えんため大賞応募時の作品タイトル通りで「ボーイ・ミーツ・ガール・オン・ライン」。ネット上で出会った男の子と女の子が、互いにリアルでもネットでも影響を与えあいながら成長していく―――そんな2人の男女の成長譚です。
空手の道で世界最強を目指していた真一がその夢を失い、ネットゲームにハマり、その中で白い剣士”アスミ”と出会う。そして彼女とゲームを通じて交流するうちに、彼女のプレイヤーが自分のクラスメイトの真山明日美であることに気がつく―――と、ネットゲームを扱った小説ではもはや半ば定番ともなっている『ネットの相方が自分の知人。ただし互いの正体は明かしていない』という立場から始まっています。ある意味チープですが、それだけにわかりやすい人間関係ともいえますね。
主人公である速見真一は、昔は空手少年で今は上級ゲーマ―で、実際に体を動かすのも指先だけの動作も上級と言うある意味で完璧超人です。しかし夢破れて挫折していた時期があり、そこからゲームにはまっていったと言う事で挫折を経験している立場から、理想的スペックの存在ながら読者が共感しやすい主人公となっていますね。
ヒロインの魅力も、挫折を知るからこそ輝くものがある、ということを実感できるものです。中学時代にいじめられて半ば登校拒否となり、ネットゲームを通じての人との繋がりでようやく持ち直して高校デビューでもう一度、今度は楽しい学生生活をはじめる―――。という、主人公同様にやはり挫折を経験しているヒロイン。だからこその明るさと、その影に隠している不安や恐怖を感じさせる描写には説得力がありましたね。
この作品は架空のネットゲームが舞台ですので、色々とシステム的な面では気になるところもあります。「このネットゲーム、ここのところはどうなっているのだろう?」的なことを思うことも。しかしその答えは架空のゲームということで千差万別で判断でき、それが逆にこの架空のネットゲームの広がりを感じさせられます。既存のネットゲームと似ているゲームではなく、あまり類を見ない格闘ゲームのネット型ゲーム。先入観でイメージできてしまうゲームを舞台にを選ばなかった作者先生の、作り手側技術の高さが感じられます。