魔王さんちの勇者さま

魔王さんちの勇者さま (徳間デュアル文庫)

魔王さんちの勇者さま (徳間デュアル文庫)

魔王さんちの勇者さま

著者・はむばね先生。挿絵・ばっじん先生。この作品は「エッジdeデュアル新人賞」で「特別賞」を受賞した作品です。はむばね先生は他の著作として「スクエア・エニックス・ノベルス」で「スタンプ・デッド」シリーズ、「太陽で台風」という作品を出されているそうです。
・登場人物
主人公は、16歳になった当日のまさに日付が変わった瞬間に父親に「お前は勇者だから異世界を救って来い!」と言い渡されそのまま異世界に送り込まれ、眼が覚めたら異世界だった、という状況からデルファイたちと知り合って紆余曲折あり、サフラの世話係をすることになる水上澄人。ヒロインはデルファイ―――魔王の娘で魔族の姫である7歳の女の子、類稀なる魔力により周りから恐れられていて、そのことで自分からも周りに壁を作っているサフラ。
サブキャラクターは、勇者が扱う聖剣で意思を持っているインテリジェンス・ソードであるサムソン・リー・ジョンボム。サフラの父で魔王だが温厚な性格で、勇者として召喚されながらも魔王と闘おうとしない澄人をサフラの世話係として採用したデルファイ。魔王に仕える魔族で大臣、リスプ。魔族と敵対しているエピック国の騎士団団長、大剣使いで魔法も使える女騎士ルビィ。エピック騎士団副団長で正義感の強いパァル。親兄弟を魔族に殺されていて酷く魔族を憎んでいるエピック騎士団の平団員パイソン。
・シナリオ
澄人は16歳になった瞬間にたたき起こされ、父親から「勇者となって世界を救え!」と言われる。まだ眠いので再びふとんにもぐりこみながら、てきとーな返事をして二度寝ときめこむ。目覚めたら、見慣れない世界にいた。そんな澄人の前に〈魔王様〉が現れた!「我の部下になるというのならば、その命助けてやってもよいぞ」その言葉を聞いて、「そっちでお願いします」と、いうわけで、勇者の澄人は魔王の手下になり、魔王の姫の付き人としての生活が始まった!徳間デュアル文庫特別賞受賞作品。 (Amazon商品説明スペースより抜粋。)
・感想
この作品はファンタジーRPGゲームのような始まり方をしますが、その先の内容が一風変わっている物語序盤の『掴み』の面白い作品でした。
突然普通の高校生が『勇者』として異世界に召喚される、というファンタジーものの始まり方としてはありふれたものとしてスタートしますが、その次が斬新です。いわゆるドラクエ1にあった「りゅうおう」が勇者を誘惑する言葉「私の味方になるなら世界の半分をやろう」的な言葉にOKを返してしまう、それがこの作品の『掴み』部分です。
主人公の澄人は、突然異世界に召喚され、魔王の前に放り出され、「私の味方になるならその命は助けてやろう。まぁ、どうせ拒否だろうが―――」「あ、じゃあそれで」「は?」「勇者とかよくわからないんで、戦わずに済むならそれで」「え、えぇぇ…?」と、魔王と応答してしまう性格。ですがこの部分が、終盤での澄人とサフラ姫との会話の説得力を持たせることになるという、澄人の終始一貫した物の考え方を示していました。ただ若干、自己犠牲が強すぎる―――物語の主人公としては良いのかもしれませんが、人間味が薄いキャラクターになっていたのが残念でしょうか。他人の命には敏感なんですが、自分の命は(ある理由があるとはいえ)扱いが軽いのはどうかと思いますね。
ヒロインのサフラ姫はファンタジー作品ではありがちな理由で人払いをしていて塞ぎ込んでいますが、澄人の理由を知らない異世界人であるがゆえの対応で心を開いていく姿は、テンプレート気味ながらその心の交流が心地良かったです。澄人との交流で澄人に惹かれていく様子、自分から作っていた心の壁を澄人との交流で削っていく様子は丁寧に書かれていました。難点を言えば終盤で自分の心の迷いから生み出したものを、澄人が全て引き受ける形でケリをつけたことはサフラの心の成長にけりが付いていないように見えて少し消化不良でしょうか。ラストで澄人を待つ姿が健気に描かれていましたが、その前に人間と魔族の関係でサフラなりにつけるべき決着があったんじゃ?と。
総じてこの作品は、異世界に来た勇者が倒すべき相手だった魔王や魔族と馴れ合い、しかしその交流がやがてひとつの異世界を救っていく物語です。その交流の間に変わっていく関係が―――青年と少女の関係の移り変わりが、この作品の一番の面白さかな、と思います。