ご主人様は山猫姫1

ご主人様は山猫姫 辺境見習い英雄編

著者・鷹見一幸先生。挿絵・春日歩先生。著者の鷹見先生は電撃レーベルでは「時空のクロス・ロード」「ガンズ・ハート」「小さな国の救世主」「リセット・ワールド」などのシリーズ、角川スニーカー文庫レーベルで「でたまか」「銀星みつあみ航海記」「会長の切り札」シリーズ、などなど多数の著作を持ち『物語製造業者』と呼ばれることを希望されるラノベ界の実力派小説家ですね。挿絵の春日先生は電撃大賞イラスト部門で選考員奨励賞を受賞された、未来を期待されているイラストレーター先生とのことです。
・登場人物
主人公は、都からやってきた三男坊で語学に堪能だが士官試験には落ちまくり、武術もからっきしという典型的なひょっとこ坊やだが、その語学の才を認められてシムールの一支族シャンの姫に都での常識一切を教える老師役を言い付かる泉野晴凛(せんや せいりん)。ヒロインはシムール一支族シャンの姫だが、『山猫姫』と渾名されるほど奔放でわがままな、野生児もかくやという振る舞いをしていた為に晴凛から常識一切を教えられることになるシャン・クム・ミーネ。
サブキャラクターは魅惑の美女で何故か伏龍を追い回すアンギュトヌス・アイリーン。本名は神流千斗だが訳有りで別名を名乗る、識者で晴凛に助言をしたりするが自分を追い回すアイリーンを苦手としている皇伏龍(こう ふせたつ)。ミーネ付きの女官で歯に絹を着せない言動が印象的なミリン。晴凛、伏龍の2人を兄貴として慕う街の兵士、正剛龍飛(せいごう りゅうひ)。晴凛の上司で晴凛をミーネの老師役として抜擢した、都でも名の知られた政治における実力者、月原弦斉(つきはら げんさい)。
・シナリオ
エリート一家で唯一の落ちこぼれ晴凛。彼がやっとの思いでありついた仕事は異国の姫君の家庭教師だった…。シムールの一支族の末姫、ミーネ。まだ13歳のあどけない、おしとやかな姫様—なんかではなかった。とにかくわがまま、気に入らないと暴れまくる超問題児。人は彼女を山猫姫と呼んだ。振り回されまくる晴凛だったが、なぜかミーネ姫に気に入られてしまう。ミーネ姫に翻弄されつつも、なんとか教師が板についてきた晴凛。だが、和平を結んでいたはずのシムールが帝国に宣戦布告をしてくるのだった。板挟みな晴凛だったが、これが英雄への第一歩で。(7&YHPより抜粋。)
・感想
物語製造業者、鷹見一幸先生による新シリーズ作品の第1巻。今回の作品は中華風?ファンタジーですかね。イメージとしては漢王朝とかみたいな中華な都『延喜帝国』にモンゴル的な遊牧民たち『シムール族』が征服されたりしたりという感じで、その延喜帝国の役人の三男坊の泉野晴凛がツテを辿って役人として雇ってくれる勤め先を求めて都から侘瑠徒の街へ出てきて、そこでシムール族の姫の教育係―――老師―――になるということから物語が始まります。
鷹見先生のお家芸というか、作風であるところのシンプルな感情を訥々と語るという物語の進め方はこの作品でも顕著です。純粋な感情の表記というか、キャラクターが飾らない心理の吐露をする、という作風は鷹見先生の作品の特徴ですね。
作品としての見所は主人公の成長とヒロインの心理の変化でしょうか。最初は武芸も何もからっきしだったのが、ヒロインであるミーネと出会い彼女に老師として接するためにミーネの我侭も聞く、という日常を繰り返しているうちに馬に乗れるようになったり弓術が上達したりして、晴凛は段々と語学の才以外にも芽を見せていきます。そしてミーネは晴凛を振り回す代わりに帝国の常識や言葉に関する授業を受け、山猫姫と呼ばれていたほどの奔放さが段々ベクトルを変え、そのベクトルが勉強に向かった所でまったく話せなかった帝国後を日常会話程度にこなせるようになっていきます。つまり晴凛はフィジカル面で成長していき、ミーネはメンタル面で成長していきます。この対比と互いに影響を与え合っているのが面白いですね。ただの老師と徒弟の関係だけではないというか、相互が相互に老師で徒弟―――となっています。主人公とヒロイン両方の成長物語です。互いが互いに影響を与えながら切磋琢磨していく―――そういう流れが主です。
ただし、作品の内容の主体的な所は国と国、国と部族との戦いを取り上げた戦記物です。政治手腕に長けた良い統治者に治められていた国から良い統治者が抜け、後釜の腐敗役人が来たことでかりそめの平和が崩れて国と部族の争いに発展していき、そして巻き起こる争いに晴凛もミーネも巻き込まれ、争いの重要な部分に関わる事になっていく―――となります。ただこの巻はそんな戦乱が巻き起こった直後―――晴凛やミーネが戦場に立って戦わなければならない、策を練らなければならない、となるところで続いていますのでその辺りが好きな人は次巻に期待、という感じになっていますね。
総じて、今巻は鷹見先生の新シリーズとしては電撃作品では現代モノの異世界話「時空のクロス・ロード」、銃器がメインの架空の世界「ガンズ・ハート」、現代世界の外国を舞台にした「小さな国の救世主」、If未来とでも言うべき世界「リセット・ワールド」、スニーカー文庫では現代モノの「会長の切り札」、スペースオペラ風の「でたまか」「銀星みつあみ航海記」と出していますが今回はこれまでにはない、中華ファンタジーな世界、ですね。あえて言えば「小さな国の救世主」シリーズに雰囲気は似ているでしょうか。ただ、馬がメインの乗り物だったり、商人が扱う商品が塩だったりと、文明の利器が出てきていた「小さな国の救世主」とは明らかに違いそういったものが徹底して出てこないので、イメージが近くともまったく別物だ、とは認識できます。イラストの春日歩先生の絵もスッキリしていて見易く、その見易さが物が雑多ではない少し昔の中華なイメージに合っていて良かったですね。