いつか天魔の黒ウサギ1

いつか天魔の黒ウサギ 900秒の放課後

著者・鏡貴也先生。挿絵・榎宮祐先生。鏡先生は同レーベルで人気シリーズ「伝説の勇者の伝説」シリーズを出されていますね。
・登場人物
主人公は「900秒間に7回殺されない限り本当には死なない」という条件限定の不死をヒロインのサイトヒメアから与えられた高校生、鉄大兎。ヒロインで「最古の魔術師」と呼ばれる力を持つヴァンパイアで、大兎に不死を与えた後、日向に連れ去られて行方知れずになっているサイトヒメア。
その他のキャラクターは、高校の生徒会長で『凶剣』というマジックキャンセル能力を持つ武器を手に悪魔と戦う力を手にし、弟である日向を殺す為に日々備えている紅月光。元は日向の放った使い魔だったが月光に返り討ちにあい、以来奴隷同然に従えられている安藤未雷。
敵役は、幼い日に悪魔の存在に至り、父母を殺して兄の月光にも殺害予告を残して去り、幼少時の大兎とサイトヒメアの元にも現れ彼らを蹂躙したことのある紅日向。
・シナリオ
「私の毒を、あなたに入れる。決して離れられなくなるように」そうして僕の物語は、始まった—はずだったのに。宮阪高校1年、鉄大兎。自分は人生の主役で、頑張れば報われるなんて幻想はもう信じていない。彼の毎日は平凡に消費される。大兎は、忘れていた。“彼女”の笑顔。交わした“約束”。血肉に溶けた呪い。大切な記憶は、なぜ奪われたのか?それでも失われたはずの想いの中で、“彼女”は微笑む。『やっと死んでくれたね。この日をずっと待っていた—』“7回生きて君と出逢う”学園リバース・ファンタジー、開幕。(7&YHPより抜粋。)
・感想
「これは凄い中二病設定のオンパレードだ…!」が、初見での感想でした。それでもそれでちゃんと話を作り上げているのですから、プロ作家にして人気作家は実力があるのだな、と思わされます。
物語は、幼少時にヴァンパイアのサイトヒメアと出会っていた少年時代の主人公、鉄大兎が不死の体を与えられるも、直後に起きたサイトヒメアとその敵―――紅日向との戦いの影響により記憶を失い、そのまま大兎が高校生になるまで時は過ぎる。普通の高校生だが何故か何事にも熱意を持てずに生活していた大兎は、ある日、同級生を庇ってトラックに撥ねられ即死してしまう。が、そこで不死の特性が発動し、大兎は首だけで生きている自分に気が付いて、そこから失っていた少年の時の記憶を取り戻す。そんな大兎の死を感知したのをきっかけにしてサイトヒメアが街に戻ってきて、そのサイトヒメアを追って敵である日向もまた町に再訪する。大兎とサイトヒメア、そして日向、さらに日向の実の兄であり、外道である日向を殺す為に力を手に入れた紅月光とその使い魔の安藤未雷も関わってきて、物語は5人の登場人物たちで加速していく―――そんな展開です。
基本的にはただの高校生だったはずの鉄大兎が、過去にサイトヒメアという魔術師と関わっていたことから、日常から外れていく―――というのが大まかな流れになるのですが、この日常からの外れ方がかなり加速度的で、若干御都合主義を感じましたね。いくら自分が不死の体を持っているようだからといって、いきなり自分の体の限界を超える行動を取ったり自分の体にナイフが刺さるのを覚悟の上で相打ちを狙ったりと、普通ならまず可能だとしても躊躇い二の足を踏むであろう行為をあっさりしてしまうのはどうかと思います。恐怖による躊躇や反射的な回避などを無視して、あっさり命をベットしてしまえるのは普通の高校生か?と疑問です。
そんな疑問が目に付くところもありましたが、登場人物それぞれに出番があり、出てくるキャラクターの役割に無駄がないのはやはり人気作家の実力発揮、ということでしょうか。主人公の一念、ヒロインの純情、サブキャラクターたちの妄執、敵の狂気など全員の感情がうまく噛み合わさって、物語としてスムーズな展開が進んでいました。唯一、物語の展開的に不要とも言える存在だったのが安藤未雷ですが、これも暗くなってばかりになりがちな物語の方向性から見れば逆向きにできるムードメーカーとしての必要性があると考えられますしね。
総じてこの作品は、設定的には読んでいて若干引くくらいに中二秒臭い、かなり青い設定の多い作品です。しかし読者平均層でありターゲット・エイジである中高生を目当てにしていると見ると、むしろその年代の考える理想的な現代ファンタジー・小説と言えるのではないでしょうか。不死の男、主人公にべた惚れの魔術師少女、狂気の敵、口の悪い完璧超人と人気者の同級生という味方、それらが織り成す魔術戦。そんなちょっと考えれば出てきそうな設定で、でも完成度の高い。それがこの作品だと思います。