火の国、風の国物語3

火の国、風の国物語3 星火燎原

著者・師走トオル先生。挿絵・光崎瑠衣先生。師走トオル先生は富士見ミステリー文庫で口先弁護士による痛快裁判小説「タクティカル・ジャッジメント」シリーズを書かれています。
・登場人物
主人公は両手に騎士剣を持って戦う豪腕の双剣騎士、近衛騎士であることを示す赤い鎧と貴族である事を示す赤いマントを同時に身につける建国の英雄初代ファノヴァールから数えて4代目のファノヴァール家当主、アレス・ファノヴァール。何者かに仕える使い魔の如き謎の存在で、アレスに取り憑いて事有るごとに怪しげだが的確な助言を与える、アレス以外にはその目に映らない少女の姿をした魔性、パンドラ。
サブキャラクターは、過去にアレスにより暗殺されるところを救われ以後はアレスの主君として存在している、物語の舞台となるベールセール王国の13歳の王女クラウディア。アレスの義妹で傷を癒す白魔術が使えるアレスに従う従軍神官のエレナ。アレスの従者で怪力を持つドワーフ族のガルムス。伊達男の近衛騎士でアレスの力量に目をつけ、アレスの副官に納まったローラン。クラウディアの侍従シオーネ。アレスの愛馬オルトス。アレスの剣の師匠で黒魔術師でもあるイザーレ。ボルネリア領の執政官モンフォード。駐屯騎士副隊長バルディア。強者との戦いを求める騎士テオドリッジ。
風の国」側の面々はベールセール解放軍を名乗る一団の指導者で<オーセルの賢者>と呼ばれる男、ジェレイド。<風の戦乙女>の通称を持つ強大な風の黒魔術の使い手の少女ミーア。ジェレイドと同郷の猟師で弓の腕には高い評価があるマシュー。ミーアの幼馴染兼護衛役のルーク。ジェレイドの養女で白魔術が使えるソフィア。ソフィアを大事に思う少年のクライス。
そして今巻は過去編になりますのでこれまでに登場して死亡した人なんかも再度出ます。第1巻で登場しアレスにより破れ死亡した解放軍の大剣使いの剣士ディオールなどです。他、今巻でも名前だけある敵役―――ファーバンク、ラザラス―――など、数多くの登場人物が出てきます。
・シナリオ
「では始めましょうか。僕たちの戦争を」。眼鏡をかけた痩せぎすの若者が呟いた。青年は日がな読書に耽り“オーセルの賢者”と呼ばれていた。彼は六年前の紛争で天才的な知略を尽くし、王国を勝利に導いたという噂の持ち主である。飢饉に加え、容赦なく課される税。領主の暴虐に農民たちは立ち上がった。しかし、その前には圧倒的な戦力差が横たわる。レジスタンスを率いるのは眼鏡の若者。彼に絶望を打開する秘策はあるのか!?後に、王国にその名を轟かす知謀権術の将ジェレイドの戦いが始まる。逆転に継ぐ逆転!最後に勝利を手にするのは—。(7&YHPより抜粋。)
・感想
今巻はこれまでのアレスを主軸に置いた話とは毛色が違い、「風の国」側の面々が主軸となる話です。アレスとジェレイドの秘密の会談―――そのような体裁の元、ジェレイドによるベールセール解放軍が決起した理由、それから辿ってきた軌跡が過去語りとして綴られます。今巻はアレスの登場は初めだけで、それからはもっぱらジェレイドたちの話ばかりになっていますね。
ジェレイドたち解放軍がどうして決起したのか―――つまり、悪役にどれだけ苦しめられていたのか、ということが、彼らが「被害者」である立場であったことが主張され、アレス編―――第1巻などでは簡潔に結果だけ書かれて仔細が語られなかった、ボルネリア領の一部地域を解放軍が制圧して一段落が着くまでを書いています。所謂『ベールセール王国の内乱』とでも言うべき火の国、風の国物語で語られている戦の内容を『風の国』陣営視点で語る、というものです。
今巻はジェレイドたちが主軸であり、そのためアレスの出番はありません。それだけに天上天下無敵必殺騎士であるアレスの快刀乱麻の大活躍、という描写は無く、ジェレイドやマシュー、途中から加わるミーアたちが王国軍を相手に手を変え品を変え、あらゆる権謀術数を用いて戦場を生き残っていく姿を書いている、1巻、2巻に比べるとなんとも泥臭いながらも必死の綱渡りで戦をしている―――そんな感想を抱く描写の多い作品でした。
しかしそれだけに用兵戦の妙技や相手の心理を突く戦法、思い込みを利用した作戦など、策略の描写が多く、読み応えはアレスの話に負けない、見せ所の多い巻でした。「ひとりの騎士が軍勢を相手にして蹴散らしていくような描写は現実的じゃないから好きじゃない!」とか「折角の戦記ファンタジー、もっと策略で相手を破っていくような知的な戦いが見たい」などの人には、今巻は良いかもしれません。
総じて今巻は、アレスの視点ばかりだった第1〜2巻の合間に起きていたことを、ジェレイドたちの視点で追いかけていく、というものです。アレスが主軸の話ように単騎で大軍を蹴散らすなどができないジェレイドたちの、生き残る為に必死に知恵を絞り相手の思考を読む、という知的な戦い―――今巻はそんな、知性に溢れる「風の国」側の物語でした。