零崎曲識の人間人間

零崎曲識の人間人間 (講談社ノベルス)

零崎曲識の人間人間 (講談社ノベルス)

零崎曲識の人間人間

著者・西尾維新先生。挿絵・竹先生による『戯言』シリーズからのスピンアウト作品、『零崎一賊』のお話シリーズの第3作目、です。
・登場人物
今回のメイン視点、メイン人物は零崎一賊においての変り種であり有力者、『少女趣味<ボルトキープ>』こと零崎曲識。音楽家であり、零崎でありながら人を殺さない殺人鬼であり、様々な思惑で動く萩原子荻の策に唯一、殆ど絡まない零崎です。
サブキャストは双識。軋識。人識たち零崎の有名所と、第1巻でのメインヒロイン役でもあった無桐伊織。匂宮出夢。哀川潤。曲識の旧知の友人で彼に専用道具となる『少女趣味』を与える罪口積雪。
敵として登場は総角3姉妹として登場する総角ぱれす、総角ろうど、総角さえら。『最悪』西東天、『邪悪』架城明楽とその護衛として登場して、『人類最強の請負人哀川潤と零崎曲識のふたりと戦う由比ヶ浜ぷに子。登場時点では未だ未完成な『橙なる種』こと想影真心とその調整役として登場する人形師・右下るれろ。そして全ての策を裏で糸を引く役として出現する萩原子荻。この辺りです。
・シナリオ
零崎一賊』―それは“殺し名”の第三位に列せられる殺人鬼の一賊。“少女趣味”こと零崎曲識が、一賊に忍び寄る危機を察知し、ついに表舞台に現れた。一賊の結束はどうなるのか。“音使い”零崎曲識の闘いが今、始まる!新青春エンタの最前線がここにある。(7&YHPより抜粋。)
・感想
この巻はタイトル通り、前巻で登場したクールでスタイリッシュな音楽家の零崎、零崎曲識が主人公の巻ですね。著者の既刊である『戯言』シリーズ、その中で語られなかった部分、或いは戯言シリーズの時代よりも前の、昔の話が語られるこの『零崎』シリーズ。この第3巻はまさに、そんな語られなかった部分や昔の時代を舞台にした話を時系列はバラバラながら収録した作品、となっています。
収録作は全4話。まだ双識が生きている、人識が伊織とは一緒にいないで橙なる種や最悪が暗躍を始める前の頃、萩原子荻の策によって零崎一賊が「何者か」と戦い始めている途中くらいの時期に、零崎双識を狙ってきた暗殺者である総角3姉妹を相手に曲識が遊園地でひっそりと戦い初めてその戦闘力の高さ、戦闘方法を読者に披露する『ランドセルランドの戦い』。過去の時代、まだ曲識が『少女趣味』という2つ名も持たず、しかし零崎としては活動していた頃、西東天、架城明楽を狙って侵入したホテルで、哀川潤と運命的な邂逅を果たし彼女と共同戦線を張って由比ヶ浜ぷに子と戦う『ロイヤルロイヤリティーホテルの音階』。第1巻の話が済んだ後、人識と伊織が伊織の義手を求めて曲識の元へやってくる事から始まる、伊織の義手入手の為の話であり同時に人識と曲識の恐らく最後の邂逅となった『クラッシュクラシックの面会』。そして最後は、時系列的には『戯言』シリーズ最終幕の直前―――零崎一賊が壊滅した出来事である、想影真心による零崎一賊への襲撃。その襲撃に端を発する、軋識、曲識が零崎最後の生き残りとして想影真心とその調整者である右下るれろを相手に壮絶な戦いを繰り広げ、曲識が納得の行く、満足の行く最後を迎えるまでを書いた『ラストフルラストの本懐』。以上の4話が収録されています。
上記の全4話ですが、全てにおいて曲識は『クール且つスタイリッシュな音楽家の殺人鬼』として書かれていますね。第3話だけ、人識の嘘に騙される形になっていて少しだけ滑稽な姿を見せたりもしますが、それも曲識の純粋さを表現するスパイスになっていたりして、概ねに於いて零崎曲識は『格好良い好青年』的な殺人鬼として書かれています。伊達男として書かれていながら、その伊達振りが板に着いていて嫌味が無い―――そんなキャラクターでした。そして純粋で一途なのが、各話での彼の言動からも感じられます。無差別殺人鬼の零崎一賊でありながら、唯一の菜食主義者と呼ばれるようにその対象をある一点にのみ絞り、それを満たさない限りは殺人をしない零崎。その根底にあるのは、在りし日に見たとある少女の強さと絶対さに憧れ、それに対して立てた操立ての様な決意。何年経とうと変わらぬその決意は、零崎曲識という男が零崎の本能とも言える殺人衝動さえも押さえてしまうほどの、一途な男だという証明でもありました。
総じてこの作品は、一人の一途な零崎が自分の有り方に覚醒してから、長い時を経て自身の本懐を遂げ、満足行く最後を迎えるまでを書いた作品だと思いましたね。本能のままに殺人をするがゆえに『零崎一賊』と呼ばれる事から見れば、零崎でありながらもその殺人衝動に枷をつけている曲識は特殊な零崎と言えると思います。そんな特殊な零崎の生き様を書いた作品だけに、この1冊を読むだけでは『零崎一賊』というものを理解するには一端にしかならないとは思います。あくまで『零崎』の中のイレギュラーな存在―――曲識が『菜食主義者』と呼ばれるように、零崎としてはの『異端』―――を見ることで、零崎一賊を理解する1つの要素としては見られるかと思いますね。